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柴田暁のイタリアGP

Photo : G2F / FIM
ボウが快勝し、藤波貴久が体調不良を押して3位表彰台に上ったイタリアGPに、柴田暁が参戦していた。結果は16位と、参戦した最下位だったが、初めての海外参戦となった柴田。得るものは多かったようだ。
柴田は、昨年の日本GPの1日目に、11位となっている。野崎史高、渋谷勲の上を行く活躍に、本人も周囲も、海外の関係者も驚いた。だから次なるステップは、早く本場の世界の舞台を体験することだと、みんなが考えていたし、本人ももちろんそれを望んでいた。
機が熟したのが、このイタリアGPだ。イタリアは、柴田の属する三谷モータースポーツが懇意とするフューチャーの本拠地だ。サポート体制がイマイチの大会に乗り込んでいっても、実力を発揮することはむずかしい。柴田のヨーロッパ初挑戦は、満を持してイタリアGPとなった。今回柴田の初参戦に同行するのは、チームのボスであり先輩である三谷知明、英明の心強いふたりと、マインダーの西和陽。鹿児島の国際A級。ちょうど時間の空いたタイミングを狙って、柴田がマインダーとして西に渡欧を持ちかけたのだ。もちろん西にとっては初めてのヨーロッパでのマインダー稼業。柴田は、トライアルもなにも、これが初めての海外旅行だった。
マシンはフューチャー300。現地で新車を受けとっての参戦となったが、柴田が全日本選手権で乗るミタニ300は、その性格がフューチャー300と比較的よく似ている。個体への不慣れはあったが、仕様的にはいつもと変わらない参戦体制がつくれたのは幸いだった。知明、英明コンビにも移動用のマシンが用意されて、初めてのヨーロッパ参戦としては、とてもいい条件だったといっていい。
参戦にあたって、柴田の期待は大きかった。もてぎでの11位は、ずいぶんと自信になっていたようだ。柴田にとって、4人のスペイン人ライダーと一人の日本人チャンピオン以外は、あまり眼中になかった。外人の顔と名前を覚えるのはたいへんだし、外国に出向かなければ、そのチャンスもない。正直なところ、柴田にとって、ライバルは名前も知らない外人ライダーばっかりだった。地元イタリアということで、3名のイタリア人ライダーがワイルドカード参戦をした。ファビオ・レンツィ、ダニエレ・マウリノ、ミケーレ・オリツィオの3人だ。3人とも、過去には世界選手権のポイントランカーとして活躍しているが、去年はみな無得点。今年は初参加だ。つまり(去年のもてぎで11位と15位に入った)柴田のほうが格上ということになり、彼ら3人に先がけてスタートした。もちろん、ワイルドカードの3人については、柴田はほとんど敵だと思っていなかった。
ちょっと注釈しておくと、ファビオは大ベテランだ。ベテランライダーだから、世界選手権では最近まともな成績が残せていないが、イタリア選手権では若手を押さえて勝ってしまったりする。イタリア修行時代の小川毅士もさんざんしてやられている。マウリノはちょっと線が細い感じだが、世界選手権経験は豊富だ。オリツィオも不思議なタイプで、イタリア国内での成績より、ちょっと出てみましたの世界選手権でそれなりの結果を出したりする。今、イタリアではマテオ・グラタローラが世界選手権に全戦参加しているが、その他のイタリア人選手にとって、世界選手権はたまに出てみる腕試しみたいなもののようだ。その点では日本GPでの日本人ライダーと同じだが、世界選手権である程度経験を積んだライダーばかりという点で(去年までの)柴田らが日本GPに出ていたのとは、ちょっと様子がちがう。
さて柴田は、標識をグラタローラあたりに置いていた。目標は高いほうがいいが、というより、柴田はグラタローラがどれほどのライダーか、ほとんど知らなかったのだ。自分のマシンのセットアップがあったので、彼らといっしょに練習するチャンスもなかった。この点、去年トライアル・デ・ナシオンに参戦した斎藤晶夫の場合、会場の地理的条件などから参戦体制はいいとはいえなかったが、女子の戦いが行われている金曜、土曜と、練習時間はたっぷりあった。自分の練習という点でも、世界のライバルの走りを観察するという点でも、この時間は貴重だった。その点柴田は、ライバルの素性については、ほとんど白紙だった。

Photo : G2F / FIM
第1セクション、柴田はクリーンしようと、緊張していた。ここは3点で抜けた。しかし柴田の前を走ったライダーはほぼ全員がクリーンしている。柴田は力が入った。セクションは、とにかくすごかった。人工的なセクションならいくらでもすごいものが作れるが、これは自然のセクションで、それなのに高さがあったし険しかったしむずかしかった。それがびっくりだった。足なんかつくものかと、気合いを入れた。それがよろしくなかった。続くセクションは、3つ連続で5点になった。第5セクションで、初めてクリーンが出た。この頃、ようやく力が少し抜けてきた。
第6セクションで、大クラッシュをした。クランクケースをしこたま打ちつけて、マシンが大破した。これは万事休すだった。コイルがぼろっと飛び足してきてしまうような惨状だった。もうリタイヤかな、という覚悟もした。でも幸い、今回は三谷兄弟がそれぞれマシンに乗っていた。そこからパーツをわけてもらって、なんとか復旧はなった。修理が終わったら、ライバルはみんな先へ進んでしまっていた。
第7セクション、今度はタイヤがパンクした。耳が落ちて、こちらも修理不能だ。これも、サポートバイクからいただいた。ただし。柴田はダンロップタイヤの愛用者だ。今回も、もちろんダンロップを履いて試合に臨んでいる。サポートバイクのタイヤは、フューチャーが選んだミシュランだ。しかたない。柴田は試合の途中から、未知のタイヤでトライすることになった。しかもサポートバイクから拝借したホイールには41Tのスプロケットがついていたが、柴田が選んだのは39Tだった。ファイナルも変わってしまった。新車だったマシンの面影も、もはやない。
そのうち、時間もなくなってきた。体力も心細い状況となった。後半は、エスケープもけっこうした。1ラップ目はクリーンがひとつ、3点がふたつ。2ラップ目は3点がふたつ。残る25セクションは、すべて5点となった。
今回、3人のイタリア人ワイルドカードを迎えて、参加者は16人。グラタローラは減点77で8位。ファビオは102点で12位。15位はアレックス・ウイグで122点。柴田は137点で16位だった。
試合運びもうまくなかった。百戦錬磨のライバルは、第1セクションから力が抜けていて、1日を通した試合運びをしていた。柴田はセクションひとつひとつで、優勝がかかっているかのように必死だった。これまでも、全日本で何度も思い知らされていたことだが、手慣れたライダーとの差は大きかった。しかしそれだけではなかった。課題はあれもこれも、やまほどあった。今まで経験してきたどのトライアルとも、ちがうトライアルがここにあった。
ガッチ小川友幸や黒山健一は、日本GPを走っても、一桁順位に入ってくる。それはもちろん技術の高さでもあるのだが、その理由のひとつを柴田は見たような気がする。生き馬の目を抜くような練習がごろごろといる世界の舞台で戦うということが、どれだけ彼らに自分を追い込む試練を与えてきたか。まだまだやるべきことがいっぱいあるなぁと柴田は痛感したのだった。
グラタローラをライバルとし、ファビオさんを視野外に見るなど、世界のレベルをなめていた柴田だが、しかしそれでも、きついところを走る実力は、それほど劣っていないと柴田は思う。決定的にちがうのは、1分半の時間の中で、うまくせくしょんをまとめてくることだ。確実に走るべきところは確実に走ってくるし、時間がないところではするするっと走る。そういうコントロールが、柴田にはできていなかった。どうしても、焦りに追いかけられるライディングになってしまう。
このまま世界の舞台にいられたら、さぞ成長していくにちがいないと思う。それにはやさしくない問題が山積みだが、せめてフューチャーのあるイタリアの国内選手権への参戦などでも、環境は変えられるのではないかと思う。
マインダーの西ともども、やまほどの収穫を得た。収穫というより、ショックに近いものだったかもしれないが、これが近い将来、そして未来に、どう結実していくか。柴田暁のトライアル、リスタートだ。
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