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神社の木彫の材料を作る

1511木彫の材料

木彫のお話、その2回目。今回は、材料を調達した。切ってから5年になろうかというケヤキ材だ。

1511棟梁のメモ

神社の活動にはお金がない。宗教がらみの活動には、お国とかからのお金は使えないということで、山の中の過疎地に届けられるいくらかの補助金は回せない。なのでお金の調達も頭が痛いところなんだけど、Tさんに言わせると「なぁに、ここにいるひとりが20万円ずつ出せば、なんとかなるんじゃないか?」なんて言っている。まぁそういうわけにもいかない(第一、ふところが寒い)かもしれないけど、出さなければ殺すぞといわれれば、出せない額じゃないから、まんざら非現実的な話でもないかもしれない。

昔々は、神社はお金持ちだったそうだ。神社の立て替えをするのに、神社所有の山の木を売ったら思いの外高く売れて、建築費におつりが来た。

「金があると、ろくな使い方はしないもんだ」

と、神社で舞う獅子舞に昔っからかかわっていたMちゃんは言う。いっぱいあったお金は、飲めや歌えで消えていったという。酒を酌み交わすのは悪いことじゃないけど、そんなこんなでお金は見る見るなくなってしまって、いまや土地の人にお札を買ってもらってお祭りとかの運営をしている。けっこうピーピーだ。

大事なお金を酒で無くすのもさびしいけれど、今の世の中は酒のつきあいがどんどん希薄になっている。健康のため、クルマを運転するため、ひとりで飲むほうが楽しいから、などなど。二日酔いでも酒気帯び運転になったりするということだから、おっかなくて酒なんか飲んでいられないのもわかるけれど、この地にいると、人と人のつながりはいっしょに酒を酌み交わすところから始まるのだとあらためて思い知らされる。

いや、酒の話をしてるんじゃなくて、木彫の話だ。材料はケヤキがよいということだけど、よいケヤキは高い。木彫Yさんによると、下手をすると彫り賃より材料のほうが高くなっちゃうかもしれないくらいだという。ところがそのケヤキが、Mちゃんちに存在した。裏山のケヤキを切って、何年か寝かせておいたものだという。神社の彫り物にする予定ではなかったけれど、これを提供してもらうのが緊迫財政の神社的にはありがたい。

当初、Mちゃんの持っている材料は薄かったり小さかったり、なかなかサイズが合わないのではないかということで、貼り合わせて使ったらどうかという話になっていた。木彫としては、先代のシマさんの作品が1枚ものだから、今回も1枚ものでやりたいところだが、せっかく地元に材料があるのだから、よその材料で作るより神様もうれしいのではないかということになった(お金の問題が一番だということは口には出さない)。

1511木彫を計る

あらためて、木彫に必要な材料を採寸してみる。採寸しているのは、辰と巳。クマさんが彫った正面のものだ。これと、クマさんの彫ったものを細かく計って、材料の寸法を求めていく。奥行き、高さ、長さ。よく見ると、多少段付きがあって、建物にはめ込んである部分より彫り物のほうが少しだけ大きくなっている。下から見上げるとよくわからないけど、これが飛び出すような立体感を演出しているのかもしれない。ちなみに、クマさんの彫ったものには、それがなかった。

脚立に上がって木彫を採寸していると、50年以上前にこれを彫った人の気持ちや息吹きが感じられるような気がしてくる。気のせいだろうけど、気のせいでも、そういう気になれることが楽しい。

1511戌の上部の処理

たとえば、これは上部の処理。左右に木がつながっているから、彫り物がしっかり支えられているように思える。

1511酉の上部の処理

こちらは絵柄の都合か、上部が切れている。ちょっと剛性が減っている気がする。なんて言いながら、大工さんのMさんは採寸していく。ぼくも同感だけど、彫り物にとっては剛性よりも仕上がりの美しさとかのほうが重要なのかもしれない。とりあえず、こんな状況であるということは認識しておくことにした。

1511戌と酉の間

こちらは1戌と酉の間の柱。柱の面より、木彫のほうが高くなっている。このほうがかっこよかろうというのがM大工さんの印象だ。

1511申の合わせ目

いっぽう申の端っこは、こんな感じになっている。これも絵柄の問題なのだと思うけど、柱がずいぶん高くなっている。M大工さんは、こういうのは彫る人次第だといいながら、柱の面の高さを測っていた。

1511板切り見本

ちなみにこれは、仕上げをした材料。段付きの加工はまだ途中。柱ツラと記された線のところまでが建物にはめこまれることになる。

1511切る前の板

ともあれ、Mちゃんちの倉庫に積み上がっていたケヤキの板の中から、大きさと厚みが充分なものを選んで、採寸した寸法を板にけがいていく。

1511板を切る

このケヤキは、樹齢ざっと100年ほどのものだったという。そんな歴史的材料に、思い切りよくノコを入れていく大工さんたち。やることなすこと失敗ばっかりの身としては、ほんとにこのケガキで大丈夫かな、切っちゃったら取り返しがつかないからなぁとうじうじ悩んでしまいそうだけど、こうと決めたらきっぱり切目を入れていく潔さはかっこよかった。当然なんだろうけど。

1511裏山を見上げる

木を切って削って仕上げをしていく作業を見守りながら、裏山から切り出したという、その裏山を見にいくことにした。これは作業場にしたMちゃんの倉庫から見上げた裏山。左に母屋があって、その奥に、小さな神様がいて、その神様に覆いかぶさるようにケヤキが立っていた。

1511もーちゃんの裏山

階段の正面、神様の右隣に、いまやもう新芽がたくさん出ているケヤキの切り株が見える。神様の前に、高さ10cmほどの板が見えるけれど、これは除染の境目だ。民家除染は、裏山20mまで作業してくれる。民家の敷地は土を入れ替えたりするのだが、裏山は下草を刈るだけで、景観がちょっときれいになる以外はあんまり効果があるとは思えない。それでも、なんで神様の手前まで除染をして、神様は除染の外なんだという疑問はある。Mちゃんも、すぐに神様をカヤの外に置くとはいかがなものかとモノ申した。そしたら、神様の奥まで除染範囲が広がったらしい。そういわれれば、神様の奥の森も、少し明るい。

除染なんて、主に大手のJVの懐がぬくもるばっかりで、被曝した土地の持ち主にも、地元の企業にも、あんまり(ぜんぜんとはいわない)恩恵がないシステムだけど、やるなら、ちゃんと意味があるように、こっちはやるけどあっちはやらない、なんてことがないようにやってほしいもんだ。

という話はここではぜんぜん関係ない。そんな話をしながら職人さんたちが木を切っているのを見ていると、Mちゃん(いまさらだけど、MさんとMちゃんはちがう人物で、MさんのほうがMちゃんより年上ということもない)が倉庫からこんなものを引っ張り出してきた。なんと、50年前の歴史的史料だ。

1511木彫の下絵

シマさんが書いたと思われる、十二支の木彫の下絵。残念ながら、ネズミがおしっこをしてえらいことになっているが、それもまた年月の遺こした作品だと思うしかない。

1511神社の設計図

こちらは、神社の建物そのものの設計図。聞けば、シマさんという人は彫り物だけでなく、建物そのものの設計もやったのらしい。どうしてなのかはわかんないけど、丸めて保管してあった(そしてネズミの被害を受けた)図面の中には、夜ノ森の神社のものもあった。シマさんは諏訪神社のあと、夜ノ森の神社の建設にもかかわったということだから、そこの図面なのかもしれない。

この図面については、あらためて広げて、少しでもきれいにして、もう一度観賞してみたい。

1511もーちゃんと子犬

さて、これで材料を彫師のYさんのところへ運ぶところまでこぎ着けた。切り終わる頃、この件は契約がまだ済んでないから、材料を送ったりするのは契約が済んでからにしなさい、という指示が舞い込んできたけれど、とりあえず木は切っちゃいました、という今日この頃だ。

最後に登場したのは、Mちゃんちで最近生まれた子犬(見ればわかる)。シマさんの彫った戌は、みょうにかわいくて、なんだかこの子犬に似ているようにも見える。聞けば、シマさんは4年の間、ここに住み込んで、日中酒を飲んだり魚を釣ったりしながら、気持ちがのってくると昼夜を問わずノミをふっていたということだ。50年前と書いたけれど、図面は右から左に文字が流れているし、戦前のお仕事のようだ。あの時代は、神社に彫り物をするというのは、そういうスタンスでやっていた仕事なのかもしれない。

もしかすると、十二支の戌の木彫のモデルになったのは、Mちゃんちの子犬のはるか祖先の戌なんじゃないだろうか。魚釣りをするシマさんに、この犬のご先祖さまがすりよってきたのかもしれないと思うと、ちょっと楽しい。

さらに続きはこちら
https://www.shizenyama.com/nishimaki/aboutkawauchi/16011

前回のおさらいはこちら
https://www.shizenyama.com/nishimaki/aboutkawauchi/14586