雪は降ったって春は春。シーズンは開幕してます。えいえいおー

ウサギの大往生

1511ダイコンとすみれこの1ヶ月後、彼は天国に旅立つことになった。

10歳のウサギが亡くなりました。ウサギの寿命は5歳から7歳ということなので大往生です。ウサギは食物連鎖の最下位に位置づけられていて、食べられるために生きているなんて言われもするので、その点では、こんなに長生きする予定ではなかったと思います。でもやっぱり、いっしょに暮らしていた仲間がいなくなるのはつらい。

このウサギは、一人で暮らしていたぼくが、二人暮らしになる前にやってきた。ケージに入れられて部屋の隅で暮らしていたけど、狭いケージの中にいるとお腹が減ったときに暴れる以外はおとなくしているのでつまらない。なのでケージから出してみることにした。

1004最初のすみれ初対面の頃。今見ると、他人行儀の顔をしている。

コードというコードを根こそぎかじられた。マウスが動かないと思ったら、ウサギの仕業だ。食べたいわけじゃなくて、目の前にある線状のものはすべてかじって歩いていく性能らしい。辻斬りみたいなもんだ。おかげで無線マウスを使うようになった。

おしっこは、ちゃんとトイレでできるウサギだった。ウンチはそこら中にする。でもころころと乾いたウンチなので、手で持ってもがまんができるレベルだ。

最初は、抱きかかえるのに苦労した。飼いウサギではあったけど、ウサギ農場みたいなところにいたから、人とべたべたするのは得意ではなかったらしい。しかも彼には前科があった。

小さいウサギは性別の特定がむずかしくて、当初このウサギはメスだと思われていた。なのでオスのくせに名前は「すみれ」という。そして同じ年ごろのメスといっしょに飼われていたところ、子どもを作ってしまった。ウサギには道徳はないからこれは前科にはならないが、せっかくできた家族をいじめやがった。母親はストレスではげてしまうわ、子どもたちは耳をかじられる。家庭内暴力でやつは独房に入れられ監禁された。するとやつは地面に穴を掘って脱走した。何度連れ戻されても脱走する。スティーブ・マックイーンみたいだ。

1006タンボの見回りのすみれタンボを借りたので、見回りをしに来た。
1006ウサギ小屋新築ウサギ小屋を新築した。この一面を走り回って、楽しそうだった

さしもの飼い主も困って、島流しに出すことになって、やってきたのがうちだった。独房では目がつり上がって怖い顔をしていたということだけど、島へやってきたときには真ん丸い目になっていて、ちょっとすっとんきょうな顔立ちだった。この顔立ちは死ぬまで変わらなかった。

1011ストーブが好きなすみれストーブも新しい頃。ストーブに近寄りすぎて、ときどきヒゲが焦げていることもあった。

ケージの扉を開け放たれて、それでもしばらくはケージの中でおとなしくしていたけど、だんだんそのへんを自由に走り回るようになった。コードを片っ端からかじる件は、いつだったろう、パタリとなくなった。理由は聞いていないけど(聞いても教えてくれない)たぶん、かじってはいけないものをかじっちゃって、感電したんじゃないかと思っている。感電死しなくてよかったけど、ちょうどいいしつけにはなった。

1111やみ米の収穫作付け制限の2011年、勝手にできた米を収穫した。脱穀も手伝うふりをしてくれた。

それでも紙はかじったから、大事な書類や本はやつの口の届くところには置いておけない。田口ランディさんからもらった新刊の表紙が少し欠けているのは、やつのせいだ。

こいつはよく学校で飼っていたような、血統書もなんにもない、雑種みたいなやつで、ペットとしての金銭的価値はほとんどない。飼いウサギにはちょっと詳しい元学校の先生いわくは、ウサギなんてものはただ生きてるだけで、鳴かないしなつかないし、つまらんということだった。アタマの大きさを見ても、イヌほどの頭脳があるとはとうてい思えない。でも腹が減ったとメシを催促され、つかまえようと追いかけっこをし、目が合うようになると、なにか会話が成立したような気になってしまうから不思議だ。

1201焚きつけで寝るすみれ新しいものが目に付くと、必ず寄ってきてなんだかを確認していた。

いたずら小僧で、ストーブの横に積んである薪の上でリンゴの皮を干しておくと(どうせやつにやるんだけど)いつの間にか薪の上に乗って食べている。そして犯行を目撃されると「おっ」みたいな顔をこっちに向けたりする。友だちが来ると、のっかって腰を振るのだけど、その友だちはオスだったりする。ウサギというのは、そういう節操のない動物らしい。なので雑誌「プレイボーイ」のロゴになったりしているんですね。

脱走したこともあった。その後、庭の散歩中にもう一度逃げかけたことがあって追いかけていったら、森の中にちゃんと寝床が作られていた。やつは一晩の冒険旅行の間に、ちゃんと家も作っていたのだ。ちゃっかりしている。その脱走については「脱走」ってタイトルの日記になっている。

1201雪の上のすみれ寒い野山もお手のもののはずなのに、寒いから家に帰ろうと駄々をこねている。

今の小さな家に引っ越したとき、薪ストーブを置きたくて、家の外にサンルームを作った。増築といえば聞こえはいいけど、ぼろっちい家に立てかけるように作ったサンルームなんだけど、この部屋の初めての住民はやつだった。作ってる最中の、まだ床板を貼ってない頃から住まいにしていた。このサンルームはぼくの仕事場なのだけれど、やつからしてみたらとても広いウサギ小屋を与えてもらったようなもので、机を入れて仕事部屋にしていくと、おれの部屋になにするんだ、という顔で見つめていた。

留守にすると餌やりができないので、クルマに乗せて連れていったこともある。全日本の鳥取にも連れていった。中国大会は3会場を2年続けて使って持ち回りしていたから、鳥取へ行ったのは5年前だ。オフィシャルのみんなと泊まるバンガローに連れ込んでケージから出したら、おしっこをしやがった。ぼくの寝袋の上だったので不幸中の幸いだったけど。

1211ひっくり返ったすみれ機嫌がいいとこういうふうに寝る。あらぬものまで見えている。

まだおしっこのコントロールはできていたから、これはマーキングか、あるいはいやがらせだ。そういえば、友人宅に泊まって、イヌと遊ばせたときにも腹いせみたいに布団の上でおしっこをした。思えば、ウサギのくせにいろんな経験をしたもんだ。

2012年に食欲がなくなってウンチが出なくなったときに獣医さんに連れていった。ウサギは自分の不調をまるで訴えないから、ウサギが得意でない獣医さんは多い。それで人づてに聞いたりして、郡山まで1時間半かけて連れていったんだけど、もう10歳になるなら、遠出をしてストレス与えてなおすよりそのまま楽にしてあげたほうが……なんて言われたので、それ以降は遠くには行かなくなった。本人は、おたおたしながら、なんとなく楽しそうにしていた気もするんだけど、それは気のせいでしょうね。

1206もてぎのすみれもてぎまででかけて、世界チャンピオンたちと遊んでもらったこともあった。

ワラが好き。最初は売ってるワラを食べてたんだけど、いたずらでお米を作るようになったので自家製のワラを食べるようになった。脱穀の乱調で、ときどき米粒がついてるのがあると大喜びしていた。そして秋になって新しいワラになると、それまた大喜びだった。最後となった今年は、うちのお米作りが大失敗で、お米のほうはさっぱりとれなかったのだけど、ワラだけは収穫した。新しいワラに大喜びだったのは、ほんの1ヶ月前だったのにな。ワラ、余っちゃったじゃないか。

リンゴの皮、ミカンの皮も大好き。飲み込んじゃった自分の毛をとかすにはパイナップルがいいというんで、うちに来るときにはパイナップルをおみやげに持ってきてくれる人がいた。パイナップルは薬効があるからかあんまり飛びつくようには食べてなかったけど、それでも果物は大好きだった。もちろんやつが食べるのは芯の部分で、おいしいところは人間様がいただいた。

1410枝を食うすみれ焚きつけの枝も、いいおもちゃだった。

ミカンを食べると、むいた皮を口元に持っていく。すると寝ていても飛び起きてむしゃむしゃ食べる。食い意地だけは張っているうえに、積んである薪にもかぶりついていたから、歯のお手入れはそれなりにできていたみたいだ。死にそうになって医者へ連れていったときも、歯の点検をしてもらって、歯はまだしっかりしていると太鼓判を押されていたっけ。

ここ1年くらい、足腰がめっきり弱くなって(昔は1メートルくらい飛び上がったものだけど、最近は10cm飛ぼうものならビッグニュースだった)姿勢を正して座っている姿はめったに見かけなくなった。いつも膝を崩して横になっている。そのうち、立てなくなった。立とうとして、ぐるぐる回ってしまうこともあった。これで終わりかと思ったけど、姿勢を正して座っていたりマッサージをしてやると立てるようになる。筋肉の衰えは確かだけど、これはどうも年よりの生活習慣病じゃないかという疑いがあった。年とって運動しなくなったのがいけないのだろうけど、からだのために運動しなさいという忠告を聞いてくれる相手じゃない。せめてメシは人間のところまで走って催促しにくるまであげないことにした。家の中でも好き勝手に放牧されていたから、これでもからだは動かしていたほうだったんだと思う。

1410スマホケースのすみれ時にはスマホケースにもなってみました。

そんな暮らしから、食べなくなって、ウンチもしなくなって、おしっこも少なくなって、腎臓機能がだめっぽいといわれて、ほんの数日。病院での処置は選択肢を示されたけど、その提案は、平たく言うとどうやって看取ってやるかということだったから、奇跡が起きるかもしれない治療だけやってもらって、入院はさせずに連れて帰ってきた。それでも亡くなる前の日までは突然起き上がって家の中をひとまわり走り回ったりしていた。住み慣れた家の最後の点検だったのかな。

たかがウサギだし、まわりには肉親を亡くした人もたくさんいるのだから、こんなものでめそめそしていては申し訳ないと思うのだけど、今もこんなのを書いていて、足下になにかが触れると、それがゴミであってもなんであっても、やつがすり添ってきたのかと思ってしまうし、イスを引くときには後ろにやつがいないか確認してしまう。イヤホンとか充電ケーブルとか落とすと、かじられる前に、さっと手を伸ばしてあわてて拾ってしまう。

もう拾わなくてもだれにもかじられないのだなと、安心したり、今年はお気楽に家を留守にできるなとか思う一方で、やっぱりぽっかり穴の開いた感じ、まだしばらく続きそうです。たかがウサギ、なのにね。

1507おそうじのすみれ晩年だけど、見た目はあんまり年に見えないのが不思議。