川内村を聖火リレーが走ってたので、見に行ってきた。川内村の聖火リレーは、やってよかったと思う。
川内村の聖火リレーは3月25日。全国を回る聖火リレーの、その初日だった。スタートは広野町のJヴィレッジで、川内村がいくつめの市町村だったのか。お昼ちょっと前に走ることになっていた。リレーは役場の前から中学校まで、ほんの1kmくらい。そこを5人のランナーがつないで走る。4人は川内村とは縁のない人で(どれくらい縁がないのかはわからない)最後の一人は村の人だった。
中学校は、この3月で閉校して新学期からは小中一貫校として再出発する。だからゴールの中学校は、中学校としての最後のお務めとなる。そして近い将来、中学校の建物は村役場として生まれ変わるということで、そう考えると、村役場前から中学校までの聖火リレーは、村の大きな生まれ変わりの象徴みたいなイベントだったのかもしれない。
福島県を聖火リレーが走ったのは3日間で、新聞や福島のテレビニュースを見る限りは、市民はみんなリレーを応援していたみたいだった。特に、ポジティブなイベントがめっきり少ない相双地域(福島県浜通とその周辺を総称して、こんなふうに呼ぶみたい)にとって、聖火リレーは歓迎すべきポジティブイベントにはちがいなかった。
その後、大阪あたりでは(というか、水面下ではずっとそういう話になっていのだろうけど、首長が表明したのは、大阪や鳥取が先陣を切ったかたちになっているんだと思う)COVID-19感染が広がっているから聖火リレーは中止だということになりつつある。ごもっともな話だ。福島県で聖火リレーが始まったよ、というニュースに対しても、よくやるよ、そんなのに喜んでいてなにを考えているんだ、というような声が聞こえてきたりしたもんだけど、いわき市、福島市、郡山市あたりではどうだか知らんけど、川内村でのお客さんの密接度合は、まぁ許せるものだったんじゃないかと思う。いざリレーが始まるとソーシャルディスタンスなんかなんのそのって感じだったけど、もともとの人間密度が低いから、許せる範囲だったんじゃないかと思う。
聖火リレーはスポーツじゃない。トーチ持ってる人は一生懸命走ってるふりをするけど、全速力で走ったらあっという間に終わっちゃうし、自分の与えられた距離を楽しもうと思ったら、ゆっくり走る方がいいし、まわりもゆっくりのほうが見ている時間を楽しめるしで、これっぽっちも走っていない。聖火ランナーのまわりは、じゃまくさいことこの上ない警備の人でかためられているけど、その人たちは走らずに歩いてるんだから、聖火リレーとは、つまりは片手をあげて散歩しているだけなんである。
スポーツの政治利用の是非なんて、もはや口に出すだけで偽善のかたまりでこっぱずかしくなるけど、こういうイベントを福島から始めれば、復興五輪と銘打ったオリンピックに偽りなしみたいなポーズをとることはできるかもしれない。コロナを口実にその後中止になるかもしれないけど、福島の過疎地域だったら開催はできるだろうし、開催した実績は残る。福島をスタートにするのは1年前の時点で決まっていたことだけど、うまくスケジュールを組んだもんだと、あらためて思ったんじゃないかな。
リレーコースを警備したり応援小旗を配ったりしていたのは、県警のお巡りさんと、オリンピック側から派遣されたと思われる人と、役場職員とかだった。役場職員が動員されているから村のイベントみたいな雰囲気もありつつ、基本はオリンピックのイベントで、あちら側が仕切っている感じ。ゴールは村長が迎えることになるけど、このイベントは村のイベントではなくて東京オリンピックの記念行事なんだものね。
で、いざリレーが始まってみると、聖火ランナーの前にはハイエースがどんといすわり、中継カメラがずっと表情を追いかけている。こういうご時世だから、直接見に来るよりテレビでイベントを追う人が多いだろうから、大局的にはいい取り組みだと思うけど、見に来た人は聖火ランナーを見に来たのに、見えたのはほとんどハイエースだったというオチになってしまった。ハイエースは東京オリンピックのロゴが入った品川ナンバーで、川内村だけで数台が走っていたから、全部で数十台の仲間がいて、リレーする各地を回るんだろう。川内村の聖火リレーだけを見ると、そんなに金がかかったように見えない感じだったけど、こういうところの金のかかり方を見ると、全体予算は巨大なものになるだろうなというのは想像できる。
1週間も2週間も前からのぼり旗が立って、当日になって交通規制が始まって聖火がやってきて、ゴールして村長たちとの記念写真が撮られて、三々五々とみんなが散るまで、ずっと感じていたのは、このイベントの主役というか、主催者は誰なんだろうということだった。頼まれたからやっている、台本に従ってやっている、仕事だからやっているって感じで、腹の底からやりたいと思ってる人が、ほぼほぼいないような気がした。ぼくの目の偏見かな?
でもね、そんな中にあって、ゆいいつの村人聖火ランナーの山中力さんは、かっこよかった。いっしょに遊んだことのある友人だからぼくの評価はバイアスがかかっていると思うけど、チカラさんは耳が聞こえにくい。でも、ぼくらのへたくそなバドミントンと、しばらく一緒につきあって、週に1回、いっしょに遊んだ。真後ろから声をかけない限り、耳が悪いなんて、ほとんど気がつかない。そしてとてもまじめな人だ。ぼくなんか、3分に1回は毒をはいているくせに、なにも改善に結びつかずとほほな人生を送っているけど、チカラさんの場合はネガティブなことを言っているのを聞いたことがない。誰が選んだのか、彼が聖火ランナーに選ばれたのは、川内村の良識みたいなのを感じたものだった。
たぶん、ぼくの知らない川内村を走った他のランナーにも、それぞれの背景とそれぞれの人柄があるんだろう。ぼくらには伝わり切らないのは残念だけど、親戚筋やご近所やぼくらなど、チカラさんを知る人はぼくみたいな邪念なしに応援をしたし、ぼくだって、散々悪態をついていたくせに、走っている力さんにはきちんと応援を送らせていただいた。
チカラさんには高齢のお父さんがいて、ぼくは村に来た当初に、お父さんの製材仕事ぶりを見物させてもらったことがある。そのあと、ご近所のお葬式に来られた時にお会いしたけど、もう10年くらいお会いしていない。ご近所の高齢者は続々と鬼籍に入っているし、お父さんももう元気じゃないという話は聞いていたから、残念な気はしていたもんだった。
ちなみにお父さんは力一(りきいち)さんというんだけど、うちの近所の人たちはみんなさぶちゃんと呼んでいる。なぜさぶちゃんなのか、さっぱりわからない。初めてチカラさんにあった頃「チカラさんのお父さんは山中さぶちゃんですか?」と聞いた時「猪狩りきいちですか?」と返事されて??になった。苗字も名前もちがうんじゃわからない。苗字がちがう理由も解説されたけど、よそ者にはよくわからなかった。名前のなぞは、今もなぞのままだ。
ところがさぶちゃんは、会場に来ていた。車いすで表われたじいちゃんがいるなと思っていたけど、若々しいので別人かと思ってたら、それがさぶちゃんだった。最後に親子の記念写真が撮れて、これがこの日の最大の収穫だった。
1年前、聖火リレーはほんとに直前で延期が決まったという。聖火リレーが延期になってオリンピックの延期も決まった感じだったけど、今回はリレーは開催された。リレーが開催されたからといって、オリンピックが開催されるかどうかは別問題だと思うけど、そんなことはどうでも、チカラさんが無事に聖火トーチを持って川内村を走れたのは、このご時世にあって悪くない話だったと思う。
日本全国で起こっていることが、過疎の村では同じように起こっているとは限らないし、村の常識は、日本全国、特に都市部では通じないことが多い。世の中の流れ的には、圧倒的に村の方が常識外れなんだろうと思うけど、ぼくは村の常識が好きだ。東京オリンピックの聖火リレーはどうでもいいけど、チカラさんが走った川内村の聖火リレーは、なにをともあれよかったな、という感想文でした。
追伸:週に1回こっそりやっているバドミントンの集いに、チカラさんが成果トーチを持ってやってきてくれたので、ありがたく記念写真撮らせてもらった。トーチはそれぞれの聖火ランナーに贈呈されたと思っていたけど、お金払って買わされたらしいですよ、おくさまっ。それも、ぼくのお小遣いでは買えない高額でありました。禁煙の体育館での撮影なので、もちろん点火はしていません(燃料がないから、点火はできない)。