暑さ・台風・大雨なんかには負けないぞ。でもとりあえず大岩には登ってみたい。

2022年の原発見学

2年分ぶりに、福島第一原発を見学してきた。今回は、初めて経験させてもらえることもあって、興味深かった。だらだら長くなってしまったけど、原発廃炉に関心のある方はぜひご覧くださいまし。

2022_使用済燃料プールアップ使用済み燃料プールをのぞき込んでみました

福島第一原発のことを、このへんの人はいちエフという。第二原発はにエフ。エフは福島のFで、こう呼ぶのは、東電の人を含めて、原発で働く人に多い。地元の人がこう呼ぶのは、原発で働く人と地元の人の接点が大きかったからだと思う。ちなみに東電のことを、地元の人は電力という。このあたりは、竜田一人さんのマンガ「いちえふ―福島第一原子力発電所労働記」を読むと勉強になる。

2年前の視察は、撮ってもらった写真が送られてくるのに時間がかかってしまって、なんとなく報告しそこねてしまった。そうそう、原発では、一見さんのゲストが自分のカメラで自由に写真を撮るなんてことは許されない。いっしょについてきてくれる人が撮ってくれるのだけど、その写真も、規定に反したものがないか、チェックを受けてから、ぼくらのところにくることになっている。

規定とはセキュリティ関係で、核保有施設にはこういうキマリが世界的に定められている。核兵器の原料になるものを持っている施設は、侵入希望者を助けるような情報は発信できない。そういう類いの写真は撮れないし、撮ってもチェックではじかれる。原発建家の扉とか敷地を隔てるフェンスが、その発信できないモノその1になる。ふつうにクルマが走れる道でも、核施設の周辺ではストリートビューのデータはないから、このへんは徹底している。航空写真だと丸見えなんだけど、キマリごとに則ってるんだと思う。スマホも持ちこめない。メモ帳くらいを持ってはいることはできるんだけど、字を書いてメモを取る習慣がすっかり失せてしまったので、カメラとスマホがないと、見たものは右から左で忘れてしまいそう(いや、忘れる)のがやばい。

今回は、経産省資源エネルギー庁の木野正登さんの見学コースに混ぜてもらっていちエフにお邪魔した。これまでの2回は東電がやってる視察コースだった。東電主催以外の見学コースがあるってのは知らなかったけど、これはひたすら木野さん個人の尽力によるところが大きいみたい。お役所の仕事という感じじゃない印象が強いのは、木野さんのお人柄かもしれない。

東電の視察コースは、富岡の廃炉資料館(震災前はエネルギー館という名前の第二原発PR施設だった。震災後はずっと開店休業だったけど、2018年に廃炉資料館としてオープン、原発そのものに行かなくても、ここへ行くとずいぶんいろいろお勉強はできる。ちなみにエネルギー館には一度行ったことがあった。正直、エネルギー館の展示姿勢は「原子力は夢のエネルギー、絶対安全人類みな幸福」みたいな、原発推進プロパガンダ臭がぷんぷんしていたけど、廃炉資料館になった今はさすがにそんなことはないから、みんな見学に行けばいいと思う。ただしこのご時世、事前予約しないと来館ができないシステムみたい。見学予約の電話は0120-502-957に。

で、木野さんの場合はこの廃炉資料館を飛び越して、いきなり原発へ向かう。そんなことができるのかと、ちょっとびっくりしたけど、経産省はいわば東京電力を統括する行政だからかなぁ、などと思いながら、待ち合わせ場所で乗せてもらった木野さんのクルマで、そのままいちエフに入る。

これまでの2回は、いちエフに入ったところで視察の概要とか廃炉の流れの説明があるんだけど、今回はそれもなく、クルマを降りて自分の足でセキュリティチェックへ向かった。木野さんに連れられているからといって、セキュリティチェックにお目こぼしはない。本人確認の免許証(本人確認用書類として申告した書類を忘れてきたら、断固入れてもらえない)を渡して、IDカード作成の手続きをする。IDカードはいろんなところにあるゲートを通過するのに必要で、この先、いろんなところでチェックを受けることになる。

ふつうの人の中には、こういうセキュリティチェックに抵抗がある人もいるかもしれないけど、ここは原子力施設だから、何重ものセキュリティチェックがあるのがふつうの世界だ。メモを取る習慣が失せているので、すでに記憶があいまい。セキュリティチェックを受けたあとは、WBC(ホールボディ・カウンター)で人間が発する放射線を測定する。300cpm〜1000cpm(cpmはカウント・パー・ミニット)くらいで各人ばらばらだけど、朝バナナを食べてきたかどうかとか、そういうのでけっこうばらつきがある。ここで測定して帰る時にまた測定して、敷地内で体内被曝をしたかどうかを確認するのだった。人によって、300cmpから1100cpmくらいまでばらつきがあったけど、見学の前後では大きな数字の変化はなかったから、施設内で体内被爆はしていないだろう、という評価になる。

WBCのあとは、構内用の装備をする。今は、構内のほとんどをふつうの装備で歩くことができるようになった。除染がしっかりおこなわれたからだけど、その代わり、桜が美しかった(だろうと思われる。その当時は行ったことがないからわからない)構内の通りは除染されてコンクリートで固められてしまっている。以前は野鳥が飛び交う森に囲まれた原子力施設だったけど、いまや巨大な水タンクばかりが目立つ殺風景な施設になった。事故を起こした以上しかたがないのだが、原子力事故の影響の一端がこういうところにも現れている。ずっとここで仕事をしている人には、つらい変化だろうなと思う。

ということで、構内用装備といっても、基本的には積算線量計を胸におさめるベストを着るくらい。もう片方の胸にはセキュリティカードが入っている。左にカード、右に線量計といわれていたのに、セキュリティでカードを提示するつもりで線量計を提示して、ゲートが開かないとあわてたのはナイショです。こんなミスをする人間には原子力施設の管理はまかせられないと思うけど、従事者にはぼくのようなマヌケはいないことを(そして将来的にも現れないことを)祈ります。カードと線量計入りベストの他には、使い捨ての靴下を履かされて長靴を履く。靴やタイヤは汚染物質を拾うから自分の靴は最初の段階で脱がされて、ぼくらの帰りを待つことになる。

クルマも構内に置いてあるエネルギー庁の専用車に乗り換えた。シートがビニールで覆われていて、厳重な感じ。2011年当時、20km圏内に入る時にはみんなこんな装備をしたバスに乗せられていったものだった。今にして思えば、そんな装備をするほどの放射線量じゃないと思われるのだけど、これもそういうキマリがあるのかな?

木野さんの運転で、クルマは構内を突き進む。3回目だし、だいたいの位置関係は把握しているつもりだけど、一人で走れと言われたらまちがいなく迷子になる。そんな発電所構内だ。ALPS(多核種除去設備)の横を通り、水タンクを右に見て左に見て、クルマが着いたのは1号機を目の前にした丘だった。ここは毎回立ち寄るところだけど、今回はクルマから降りて1号機建屋を見下ろすことができた。ここで外の空気を吸ったのは初めてだ。それだけ、施設の管理が進んだのだと思う。もちろんまるで近寄れないエリアも厳然として残っていて、それが今立っているこの丘からたったの100m弱のところに存在する。

2022_1号機の前でみんなお顔が出ちゃってるんだけど、今回のみなさんは顔出しNGはないそうで。霧が立ちこめててちょっと残念なり

写真は、いっしょに視察に入った5人の仲間たちと。写真は木野さんに撮っていただいています。顔出しNGの人はいないということでこんなふうに公開しちゃってます。まずい、という方がいらっしゃったら、こっそりご連絡ください。

さて、1号機2号機と3号機4号機の間には深い側溝みたいな溝があるので、1号機を見下ろす丘から3号機を見下ろす丘に移動するには、一度元きた道を戻って大回りをする必要がある。もともとは、ここは川が流れていたりしたのかもしれない。あっちとこっちと、こんな行き来がしにくくていいのかなぁと思うけど、事故が起きなかったら建屋の前を行き来できたし、大きな問題ではないのかもしれない。

前回来た頃は、倒壊の恐れありなんて一部でささやかれながらおこなわれていた排気筒の切断作業中はきれいに終了していて、件の排気筒は、半分くらいになっていた。こんなふうに、作業の進捗をこの目で見られるのはありがたい。けど、この手の場所はちゃんと情報収集していれば報道や東電の情報発信で映像を見ることができる。わざわざここへ来てするべきは、現場に来たぞの記念に写真を撮る(撮ってもらう)ことと、ここへ立ってなにを思うかという、そこんところが大事なのかもしれない。建屋の中では、これから始まる(始まってほしい)デブリとりだしに向けて、炉心にカメラを入れようという動きが進んでいる。そっちはもちろん直接見ることはできない(命の危険がある)。

2022_2号機の前で左端に(1号機の写真にもあるけど)上半分を切断された排気筒が見える

建屋の丘から4号機の南側に回ると、巨大な水タンクが並んでる。汚染水タンクだか処理水タンクだか、ともあれ一次処理をして、次なる処理をしたあとに海洋放出なりなんなりをする、その段階を待つタンクなんだけど、この水を流すかどうかで大もめにもめて、もうタンクを置く場所がない、というのが今ココ。当初は急場しのぎであちこちからタンクをかき集めたり、その後はネジで組み立てるタンクを設置したりしたけど、小さいタンクをそこここに置くのはスペースの無駄になり、組み立て式タンクは水漏れして、今のタンクは溶接式の丈夫なタンクになっている。原発の冷却水は処理をしてから海洋放出というのは世界的にどこでもやっているふつうのことなんだけど、ちゃんと処理した水を海に流すのになんでこんなに話がもつれてしまうのか、大人の事情はよくわからないけど、事故を起こした原発の水は特別で、ふつうに運転している原発の水とは別だと考える人が多いのかしらん。

2022_処理水タンク水タンク群。林立するこのタンク以外にも、当座しのぎの小さなタンクや組み立て式タンクが持ち出せずに構内にそのままある

そこから本日、一番の目玉でもある建家内見物となる。1号機から4号機の建屋の中は線量的にも物理的にも危険だけど、幸い福島にはいちエフの5号機6号機、にエフの1号機から4号機が、なんとか事故当時のまま形を保っている。この、全部で10機の原子炉は、どれも廃炉が決まっていて、二度と稼働することがない(はず)。これまでぼくの2回の見学コースは、にエフの原子炉建家内を見学して原子炉の構造などをお勉強して、それからいちエフを見物するというコースをとっていた。ぶっ壊れた原発を見るのはセンセーショナルだけど、原発の構造を知るには、ぶっ壊れたものを見てもよくわからないから、にエフの建家内に入れてもらったのはものすごく勉強になった。今回は、そのお勉強をいちエフの5号機でさせていただくことになる。

建屋に入るには、これまでとは別の装備が必要になる。どこでどんな装備に着替えたのかは記憶がごっちゃになってしまったけど、ペデスタル(原子炉の底)に入るときにはそれまでかぶっていたヘルメットをまた別のにするとか、履物も履き替えるとか、いろいろ儀式があった。木野さんに指示されるままにやっていたけど、こういう作業を緊張感を持って、日々きちんとこなしていくなんて、それだけですごい。そう思ってしまうのは、こちらの日常がよほどでれでれしているということかもしれない。建屋に入るには、手前の扉を開けて全員が中室に入ったら、こっちの扉を閉めて向こう側の扉を開ける。潜水艦のハッチみたいなもんだと思う(潜水艦に乗ったことはないけど)。

これまでの2回を含めて、いつも思うのだけど、原子炉建家内って、なんでこんなに狭くてあぶなっかしい構造なんだろう。スパナを落としました、みたいな小さい事故が時々新聞記事になったりして、新聞のこちら側の一般ピープルとしてはドジな作業員だなぁ、みたいな失礼な感想を持つわけだけど、歩くところは足場みたいな下が見えるところが多くて、幅もごく狭いから、ポケットからなにかをぽろっと落としてはるか下まで落っことしてしまう、たまたまそこが使用済み燃料プールで(使用済み燃料プールの上には足場はなかったと思うけど)事故案件になる、なんてことは想定内の事件のような気がする。

見物人的には、1回も頭をどこかにぶつけずに歩けたらすごいと思う。かがんだりよけたりしないと、右から左から上から、いろんなものが飛び出していて、ヘルメットかぶってなかったら、けっこう頭が痛かったんじゃないかと思われる。勘が良くて運動神経のいい人なら問題なく歩けるかもしれないけど、2011年のあの日は、電気が消えて真っ暗闇だったし、線量もそこそこ高い。そんな中をバルブを開けに進んでいくのは、決死の思いすぎる。映画「FUKUSHIMA 50」で決死隊がバルブを開けに行って、線量の高さに引き返すシーンがあるけど、そのバルブはこれですと教えてもらった。実際に開けに行ったバルブは1号機ので、見せてもらったのは5号機だけど、このあたりの構造はあんまり変わってないらしい。バルブを開けにいったのは火野正平だと思ったけど、アリとキリギリスの石井正則もいっしょだったかもしれない。

2022_ベント弁決死隊が開けにいって断念したのは、1号機のこのバルブだった

そこからしばらく進むと(だと思ったけど)格納容器内に通じる穴がある。定期検査の際にここを通って資材が炉内に運ばれるんだという。この穴こそ、今、燃料デブリの様子を撮影しようという無人カメラが、遠隔操作で入っていく穴なんだそうだ。2号機では穴が開いたといわれているサプレッションチャンバーが原子炉のまわりを1周しているので、穴までのアクセスは平らではなくて、行きは下り坂、帰りは上り坂になる。その次なるは、人間が圧力容器内に入る入口へ。運転中のペデスタルは即死レベルの放射線が飛び交うので、この入口は分厚い扉で閉じられていて、扉の開け閉めをするクレーンが備え付けられていた。

2022_圧力容器への穴1号機では、この穴を通って、無人カメラが人のはいれないエリアにつきすすんでいる

ペデスタルは、日本語訳すると土台って意味らしくて、これに原子炉が乗っているという感じで、原子炉の運転を制御する制御棒も、このペデスタルにぶら下がっている。で、冷却できなくて溶けてしまった燃料がポタポタと落っこちたのが、このペデスタルあたり。このときぼくらが立っていた足場の金網みたいなものが「カメラがデブリをとらえた」みたいな映像に出てくることがある。こんなところに溶け落ちているものを、さわることも見ることもできない状態で取り出そうなんて、ほんとにできるやら、なんとたいへんな作業なんだろうと、あらためて気が遠くなる。作業進行では何十年単位となっていて、ぼくが生きている間に収束はむずかしそうだけど、もしかしたらもう一代くらい引き続いて作業しないと終わらない仕事になるかもしれない。当面の効率を考えれば原子力発電は魅力ある発電方法だけど、万が一にも億が一にも事故を起こしてしまえば、それまでの利便性なんてひっくり返るようなめんどくさいいろいろが次々に起きる代物だというのはまちがいない。

このあたり、原子炉の構造も見学の順番もちゃんと覚えてなくて、今見直してみたら、ぼくらの装備姿からして、この順番で見学したんじゃないような気がしてきた。3回も視察にいったのに、てんで覚えてなくてポンコツだなぁと悲しくなったのだけど、その後、5回も6回も見学に入っている人と話をしたら、やっぱりわかったような気がして帰ってくるけど、いざどうだったのかを思い出そうとするとあやしいもんですと告白してくれた。だって建屋の中は、迷路みたいなんだもの。

2022_圧力容器への入口ペデスタルへの入口。クレーンを使って開け閉めするここの扉は、分厚かった

このペデスタル周辺の線量は、1mSV/hくらいだったと思う。このくらいの単位とこのくらいの数字は(このエリアでは)ふつうで、ちょっと滞在するくらいならなんの問題もないけれど、ちなみに比較すると、事故直後に、うちのまわりの山の中の線量が高いところが1μSv/hだった。μとmは1,000倍の開きがある。原発事故で、緊急時には(原発運転・保安員などに対して)積算250mSVまでの被曝を認める(認めざるを得ない)ということになったけど、250mSVはこのペデスタルに250時間居続けると達成してしまう。250時間は10日弱だけど、ここに10日間居続けるのは、線量うんぬんより他の生活環境的にムリっぽいけれど。緊急時以外の被曝限度は5年間で100mSVだそうで、ここに100時間いると向こう5年間は放射線管理区域での仕事はできない、という程度には線量の高いエリアってことだ。

2022_ペダスタルにて制御棒の真下、デブリが突き破ったという金網の床に座っている。ここが一番線量が高いので、いでたちも他とはちょっとちがう

ちなみに原子炉が運転中には、ここにいたら死亡レベルの放射線が出る。原子炉の真下なんだからそれも当然だけど、そんなところに運転を止めれば入っていけるというのがちょっと信じられなかったんだけど、放射性物質そのものが存在するわけではないので、運転を止めて数日間すぎれば、線量はすっと下がるんだそうだ。放射性物質そのものが地面や木肌に付着した双葉郡の森の線量を下げるのはたいへんだけど、原子炉ではそうなのかとちょっとびっくりだった(とはいえ、その線量には1,000倍の開きがあるけれど)。

2022_制御棒たちこれが燃料の臨界を制御する制御棒たち

それはそうと、原子炉圧力容器の真下には制御棒が出入りする穴があるわけだけど、圧力容器には水がはいっているはずで、なんで水が漏れてこないのか、いまさら不思議に思ってしまった。解説図解では簡略化されているシカケがあるにちがいない。これは次回の宿題にしようと思う。

2022_圧力容器を見上げるなにが見えているのか、ペデスタルから圧力容器を見上げてみた

そして今回は、格納容器のてっぺんのフロアにも入れてもらった。原子炉から燃料棒をとりだし、使用済燃料プールに移すためのクレーンがどーんとかまえている。のぞきこむと、プールの底に使用済燃料が冷やされているのが見える。このプールの水、なんなら飲んだってそうそうあぶなくないものらしい。実際に落ちちゃった人も過去にはいたとかという話だけど、実際のところ、泳いでも健康上の問題はないらしい。ただし10mくらい潜って使用済燃料に近づいたり触ったりしたら、けっこうやばいことになるとのことだった。放射線の遮へいに、水は大きな威力を発揮するもんだ。

2022_燃料プールをバックに燃料プールをバックに。後ろにひっくり返ると、プールに落ちることもできる(落ちたくない)
2022_燃料プールのぞきこむとこんな感じ。山ほどの使用済燃料がここで冷やされている
2022_使用済燃料プール建屋の爆発でがれきがプールに落ちて、燃料を持ち上げるフックが曲がったりしたとのこと。でもその程度で済んでよかった

帰り際、エネ庁のロッカーに立ち寄って、ALPS処理水がどれくらいの線量を持っているのか、サーベイメーター(放射線量計だけど、うんと高精度なやつ)を使って実測するというイベントも用意されていた。処理水と一緒に市販されているラジウムボール(お風呂に入れるとラジウム湯になる)もあって、どちらも放射線を出しているんだけど、処理水の放射線は屁みたいに微々たるもので、巷で売ってるラジウムボールはばんばん放射線を出している。こういう比較を素直に受けいられない人もいそうだけど、これまでの東電とかの安全PRはどこかウソくさかったから、今だって信じられないだろうと思う気持ちもわからんではない。ぼくもどっちかというとそうなんだけど、東電のやること、原発・廃炉政策に反対ばっかりでは、廃炉も進まず、未来に大きな負の遺産を残すことになっちゃう。

2022_処理水サンプル処理水サンプルを持って、なぜかついにっこりしてしまうの図

すでにその負の遺産は莫大なんだけど、処理水を海に流さなければ、日本中が水タンクだらけになっちゃう。そのうち水素とトリチウムを分離する技術が確立されるかもしれないけど、それはきっと、近い将来に使用済核燃料を上手に処理する方法が見つかるはずだから、とりあえず原発作っちゃえ動かしちゃえと始めた国策の愚策とおんなじだと思うんだ。

ということで、ぼくの3回目の原発見物でした。木野さんによると、見学に来る人は初めての人が多くて、ほとんどの人が1回来れば納得するみたい、ということだったけど、ぼくは2年か3年に1度くらいは見学に行きたいと思っている。だって原発廃炉は、刻一刻と進んでいくはずだし、進んでもらわないと困るからね。

そうそう、今回は11時ごろに構内に入って午後2時頃に出てきた。大型休憩所でお昼ご飯が食べられればよかったのだけど、感染防止対策でゲストの食事はご遠慮いただいているとのことで、せめてもと大型休憩所内のローソンに案内された。なにもおみやげが用意できないので、ここでお買い物をして、レシートを持って帰ってくださいというお心遣い。放射線管理区域からは出ているので、飲み食いも自由です。床に落っことしたりはしないでくださいね、ということで、お約束の酪王牛乳とアイスクリームを買わせていただきました。

2022_ローソンのレシート第一原発でアイスクリームと酪王カフェオレを買いました証明

次に来る時には、またお昼ご飯を食べたい。食べられるような世情になっていればいいな。

なお、メモもとらずにいいかげんな見学をしてしまったので、これを書くのに参考にさせてもらったのがこちらの2篇。どちらもよくレポートされているなと思うので、ここまで読んで物足りない方は、ぜひこちらもどうぞ。最初からこちらを読めば、ぼくのレポートは読まなくてもいいかもしれません。

●訪日旅行者に向けて情報発信するWEBマガジンMATCHA「福島第一原発は今?現場を歩いてわかった5つのこと」
https://matcha-jp.com/jp/6991

●東京栴檀会「ふたば創生」片寄洋一さん
http://tokyosendankai.web.fc2.com/columnkatayosesose.html