先日、国際免許をもらいに行って、そこにするサインの件で免許センターの窓口とお話し合いをした(けっしてけっしてけんかをしたわけではない)という報告をしたら、Facebookでいろいろ話がふくらんで、なんとなくなにが正しいのかがわかってきた。
最初は一度書いたものを修正しようと思ったのだけど、そもそものところがぶっとんでいたので修正なんかできないことに気がついて、補足を書くことにしました。
ご指摘いただいたのは、新谷恵司さん。震災後に村に取材に来られて、以来Facebookのお友だちとして仲良くしていただいている。新谷さんは中東方面にお詳しいのだけど、あらためて新谷さんを検索してみたら、外務省にお勤めだったことがある外交経験豊富な方でした。
新谷さんには署名とは本人であることを証明するためにするもので、人に言われて練習するものではない。サインは英欧文の筆記体でしなさいというお達しは、サインという文化がなかった大昔の日本の民衆に、サインとはどんなものであるかを教えた名残りだと教えていただいた。今のジュネーブ条約は1949年に作成されて1957年に発効したもので、ざっと大昔につくられた条約だ。おそらく当時国際免許を使って海外で運転するなんて人は、ごくごく奇特な方だけだったのだろう。
さてしかし、条文を読むと「記入事項は、ラテン文字又はいわゆる英国風の筆記体文字で記載する」という事項は、この免許証の所有者のサインの書体についてではなくて、免許証の内容全体についてのことだということがわかる。なのでサインの書体について、附則10を引用したのはまちがいだった。
どんなふうにサインをしろという記述は、条約文には存在しないみたいだ。これが、サインも英文筆記体で、というお達しにつながってしまったと推測される。ジュネーブ条約をつくった人たちの頭の中に、いまさらサインのやり方を教える、なんて回路はなかったんだろう。サインをする習慣がなかった日本特有の問題だったと思われる。
ところがところが、ぼくは見落としていて、これを新谷さんに教えていただいたのだけど、署名欄について注釈があって、その注釈を見ると署名は「親指の拇印」でもよいと書いてある。拇印でもよいものが、どうして欧文筆記体でなければいけない、となってしまうのだろう!
当初は、次にまた国際免許をとる時にはめんどくさい思いをしなきゃいけないなぁと思っていたのだけど、これを知った今となっては、公安委員会はジュネーブ条約違反をしているかもしれないことになるから、すぐに教えてあげようと思った。
電話したら、ちょうど免許更新の大群を処理している時間帯で、みんな出払っているから折り返し電話してくれるという。なので、何月何日に国際免許の件でくだをまいた西巻だけど、条文を見てみたらちょっと解釈にまちがいがありそうなんで、ていねいに対応してくれた上司の方ともう一度話がしたいと伝えて、電話を待った(もちろん、ほんとはもうちょっとていねいにご説明した)。
そしたらすぐに折り返し、聞き覚えのある方から電話があった。話がわかりそうな、いい人だったので、かくかくしかじかと説明した。サインとは個人の認識をするものだから、免許センターで初めて書くようなものではない(そういう人もいるのだろうけど)ということ、それ以上に、条文に親指の捺印でよろしいと書いてあるのだから、欧文筆記体を強制するのはおかしいのではないか。もし欧文筆記体を断固強制するのなら、欧文ブロック体で書かれている国際免許の書式自体が条約違反になるのではないか、等々。
先方もなるほどなるほどと聞いてくれて(どこまで納得したのかはわからない)ジュネーブ条約をもう一度勉強してみると言ってくれた。この件については引き継ぎの文書にそう書いてあったので、そのとおりにやっているという、そんな感じで、原典を調べたりということはしていないのだと、なかなか正直な上司さんだった。
これで事態が劇的に変化するとも思えないけど、次には少なくともジュネーブ条約の条文コピーを持っていって、親指の捺印でもいいと書いてあるぞ、ジュネーブ条約違反はおまえの方だ、と主張することはできそうだ。
○ジュネーブ条約
World Drivers Association (WDA) のドキュメント
外務省にあったジュネーブ条約(見にくい)