雪は降ったって春は春。シーズンは開幕してます。えいえいおー

刃研ぎの見習い

チェーンソーの刃

 チェンソーの刃を研ぐのは、なかなかむずかしい。とりあえず専用のヤスリを買ってきてはみたものの、ごりごりやってるだけで、さっぱり成果が見えない。職人技をマネしようと思うと、なにごとも一筋縄ではいかないもんだなぁ、という寒空の日々。


 それがね、件のチェンソーは集落のTさんに、かわうちトライアルの準備のときに、新品のチェーンといっしょにお返しするねといってお借りしたものだ。最初はずばんずばんと気持ちよく切れた。使っていくうち切れなくなるのは当然なんで、せっせとチェーンも研いだんだけど、どうも回復しない。そのうち、チェーンを新品にするだけで、ちゃんと元に戻るのかねというくらいに、絶望的に切れなくなった。
 切ってると、必ず曲がる。手癖が悪いのかと思って、姿勢をただしてみても、やっぱり曲がる。そのうち切断面から煙が出てきて、切れたところには焦げ跡までついてる。刃で切断したんじゃなくて、摩擦で切ったという感じ。チェーンソーさんに、申し訳ない。
 こんだけ曲がるってことは、刃が研げてないとかというより、チェーンを支持しているブレードが曲がってんじゃないかと疑ってみた。新品のソーチェーンは買ってあるんだけど、ブレードも買わなきゃいかんなぁ、まいったなぁと、泣きべそをかいていたある日のこと。
 ラーメンを食べにいったら、たまたまそこにIさんがいた。ぼくはネギ味噌ラーメンで、Iさんがなにを食べていたのかはわからないんだけど、それはまったく本題じゃない。ラーメンすすりながら、ぼくはIさんに泣きついてみたのだった。ブレードがダメにしろなんにしろ、ちゃんとした人に見てもらうのが一番だ。そうそう、Iさんは自称後期高齢者のウッドカッターであらせられる。代々の、木こりだ。
 ラーメン食べ終わって、さっそくIさんちにおじゃました。Iさん、チェーンソーを一目見るなり「これじゃー、切れねー」。
 あっさり診断はくだった。まぁ切れないのは重々承知なんだけど、Iさんの見たてによると、切れないのは研ぎ方が悪いんだって、バッサリだった。何度も研いでみたんだけどなぁと未練がましいニシマキにIさんは
「そうそう簡単にできるようならねぇ、こっちはもう何十年もやってるんだから」
 と、あたたかい励ましのおことばをかけてくれるのだった。
 とりあえずIさんはチェーンを研いでくれた。ためし切りしてみたら、まだ切れない。こりゃ、あと数回研がなきゃ切れるようにはならんなぁ、でも研げば必ず切れるようになる、ってのが、I師匠の診断だ。今日はもう暗いから、酒でも飲もう、置いてけば、研いどいてやるよってことだったけど、ぎっちょん、その日は締め切り近くだったりして、お酒を飲んでる場合ではなかった。それに、おんぶにだっこばっかりというのもくやしかった。
「今日は失礼つかまつる。研げば切れるようになると申されるのであれば、それがしがせっせと研いできまする。次に参上せしときは、バッチリ切れるようになったチェーンソーと酒持って現れし候」
 そう言って師匠の前を辞したニシマキだった。
 で、研いでみた(締め切り終わってから)。師匠にご判断を仰ぐ前は、研ぎながらも、こんなことしてホントに切れるようになるのかなぁと半信半疑だったんだけど、研げば切れると太鼓判を押してもらったからには、研がないわけにはいかない。せっせと研いだ。師匠の仕事っぷりをちょろっと見せてもらったことがあるけど、切れ味がちょっとおかしくなると、切ってる途中でもチェーンを研いでる。チェーンを研ぐってのは、機械の修理じゃなくて、燃料補給みたいなもんなんですね。
 して、素人ながらに、師匠を信じて一心に研いだところが、あらま、なかなかいい切れ味になっちゃったではないか。信じる者は救われる、刃の研ぎ方が左右でちがうと気を切っても曲がっちゃうというのも発見だったけど、一目見てそれと見きわめる目もすごい。こういう、しっかりした職人の導きを受けると、ど素人もそれなりの仕事ができるようになるんだなぁというのも、ちょっとした発見ではあった。
 もっとも、師匠は教えてくれる親切心はあれど、手取り足取り教える方法論を持ってない。見てろといいながら、目にも止まらぬ職人芸で仕事を完結させてしまうのは、トライアルの達人たちともちょっと通じるものがある。
 さて、それでは研ぎ終えたチェーンソーと酒持って、Iさんちにいってみるかな。まだまだぜんぜんだめだなと言われるのも、半分くらいは覚悟のうえだ。