雪は降ったって春は春。シーズンは開幕してます。えいえいおー

原発事故の思い出[3月12日]

東日本大震災の当日は、夕方になって働きに出ていたみんながわさわさと帰ってきた。最初に帰ってきたMちゃんは、途中大きな岩が道に落ちていて、軽自動車でぎりぎり抜けてきたという。大きな車は通れないんじゃないかしら。Mちゃんには娘がいて、娘は一人で家にいた。出ていったぼくらと気丈に話をしていたけど、お母さんの顔を見たら泣き出したっけ。

三郎さんちに避難したとの貼り紙

その後、続々と帰ってきた人たちに岩はどうしたのと聞くと、現場で立ち往生した者同士、ガードレールを外す者、引き返して重機を取りに行く者と手分けして、大岩を川に落っことしてきたという。たくましい。

その晩、なにかすべきことはないのかと思って隣へ行ったら、こんなに揺れてる中、なんにもしようがない、とビールを飲んでいた。それでいっしょにビールを飲んだ。

翌朝、一人暮らしをたずねて安否を確認することになった。ぼくらの集落には、人的被害はいっさいなかった。そうこうしているうちに、役場から、集会所で富岡の人たちを受け入れてやってくれという連絡が入ったのだった。

すぐに炊き出しをして、でも待てど暮らせど誰も来ない。しびれをきらして作ったおにぎりを食べてしまった頃、富岡で働いていたEちゃんがやってきて、渋滞がすごいこと、まず村の体育館とかに入って、そこからあふれた人たちがこっちに来るみたいだから、もう少ししたらいっぱい来るはずだと様子が伝えられた。はたしてまもなく、たくさんの人がやってきて、おにぎりはあわてて作り足すことになった。みんな、きのうからろくになにも食べていないということだった。