暑さ・台風・大雨なんかには負けないぞ。でもとりあえず大岩には登ってみたい。

トライアルいろは

2ストロークと4ストローク

Honda4ストロークエンジン
JTG2ストロークエンジン

ホンダ(モンテッサ)4ストロークエンジン(左)とJTGの2ストロークエンジン

トライアルは、いつ4ストローク化されるですか? という質問を、最近ちょくちょくいただいています。モーターサイクルの2ストロークエンジンが次から次へと4ストロークに置き換えられるようになって、もう10年近くになります。はたしてトライアルはどうなっているのか。自戒を込めて、この10年の流れを振り返ってみます。

プリ65と呼ばれるイギリス製マシン全盛のクラシック時代はさておいて、1965年以降のトライアル界では、ホンダが唯一の4ストロークのトライアルマシンだった。といっても、ファクトリーマシンのRTL360(正しくは、305とかいろんな排気量がある)を含めて、HRC契約のライダーが乗るのがメインで、日本で市販されていたTL200RやRTL250Sは、ヨーロッパではそんなに一般的な存在ではなかった。今、ヨーロッパのクラシックマシン愛好者の間では、ホンダのこの時代のマシンがけっこうなコレクターズアイテムになっているけれど、それは当時あんまり手に入らなかった反動なんじゃないかと思う。

つまり、どんぶりで歴史を語ると、トライアルにおける4ストロークエンジンは、ホンダは3年連続でチャンピオンをとったにも関わらず、あんまりメジャーな存在ではなかったわけ。

それからずっと時代が下って、藤波貴久が世界チャンピオンになる2004年のこと。ホンダが4ストロークマシンを開発して、その年の日本GPに小川友幸のライディングでデビューさせた。ほとんどプラクティスもしていない状態で、2日間とも9位に入った。今より参加者が多い時代だから、この成績はできすぎの好結果だった。ちなみにこのときのトニー・ボウは11位と8位、黒山健一が8位と10位だった(当時は、どちらもベータに乗っていた)。

そして2005年、ホンダとモンテッサは、フューエルインジェクションのSOHCエンジンの4ストロークマシンをデビューさせた。チャンピオン藤波貴久、ドギー・ランプキン、マルク・フレイシャの3人がこれに乗って、この年15戦11勝をあげた(藤波が8勝、ランプキンが3勝)。

この流れは、トライアルだけじゃなくて、ロードレースもモトクロスも、この頃2ストロークから4ストロークへ、エンジンの乗せ替えの真っ最中だった。理由は排ガス規制で、その理由は地球温暖化だ。南極の氷が溶けてたいへんなことになるから、二酸化炭素を減らしましょう、という世界的なアクションでした。

ロードレースとモトクロスは、4ストローク化の流れはスムーズだった。ロードレースだと、2ストロークは500cc4気筒まで、4ストロークは990ccで何気筒でもいいという規則。モトクロスでは、2ストローク250ccに対して4ストロークは450ccと、ちょうどいい具合に(あるいは4ストロークが有利になるように)ハンディが与えられて、4ストローク化の流れは順調に進んだのは、トライアル屋のぼくがウイキペディアを見ながら書いてるより、一般のモータースポーツファンの方がよくご存じだと思う。

さてでは、トライアルではどんなハンディを用意するのかと楽しみにしていたら、ハンディはなかった。市販状態では、ホンダ・モンテッサの排気量は250cc、対する2ストローク勢は270ccがトップクラスによく使われる排気量だった。これじゃ逆ハンディじゃないか。

FIMは4ストローク導入の初期段階で、モトクロスとまったく同じハンディを提示したことがあった。2ストローク250cc、4ストローク450ccというやつだ。でもね、450ccの排気量を許されたからといって、よしこれで勝てるぞと思うライダーは一人もいない。というか、たぶん誰も450ccのトライアルマシンなんかには乗りたがらないだろう。

Sherco2ストロークエンジン
Beta4ストロークエンジン

シェルコ2ストロークエンジン(左)とベータ4ストロークエンジン

今思えば、その案が通っていれば、それはそれでおもしろいことになったような気もするけど、毎レースごとにエンジンを開けて排気量チェックをするというめんどうが受け入れられなかったというのが真相に近い気がする。こういうハンディというかレギュレーションを決めるのはFIMの役員さんが机の上で決めるばかりではなくて、マニファクチャラーたるメーカーもいっしょに考える。メーカーとしては、選手の公平を考えつつ、できたら自分のメーカーのマシンがいい成績になるような規則がいいし、さらに、レース活動の経費が安い方がうれしいとか、もちろん自分ちのバイクがたくさん売れるようなレギュレーションだったら万々歳だとか、いろんなことを考えているんだと思います。

結局、マシンのハンディはないまんま、モンテッサは再開4ストロークマシンでトップ争い。こういうとき、ライダーは「ハンディがほしい」とは言わないもんです。そういう弱音をはいたらライダーは負け。ハンディなしで勝ったり負けたりしているモンテッサは(そして藤波貴久は)、かっこよかった。ましてモンテッサは、開発1年目のマシンを走らせているんだから。

とはいえ、今日は藤波のえらさを検証したいわけじゃない。モンテッサと時を同じくしてシェルコも4ストロークエンジンを開発。スコルパはヤマハTYZの2ストロークエンジンに替わって、WR250の4ストロークエンジンを積んだマシンをつくりあげた。そしてベータも、新設計の4ストロークエンジンを積んだマシンを完成させた。トライアル界は、もう4ストローク化まっしぐら、かに見えた。

この頃、4ストロークマシンを持っていなかったのはガスガスだけだった。ガスガスはOHVで画期的にコンパクトな4ストロークマシンを開発していたが、残念ながらこのマシンはまったく表に出ないまま(YouTubeで走っている姿は出てきたから、走るマシンになっていたのは確かだ)消滅している。初級レベルのトライアルマシンとしては最高の性能をもっているも、世界選手権レベルではパワー不足が解消できなかったということだ。

ここからは(ここまでも、かもしれないけど)ぼくの妄想半分です。2004年以降、トライアルメーカーは、4ストロークマシンを形にするために、けっこうな努力をしてきたのだと思います。4ストロークエンジンは、一般には2ストロークよりパワーがないと言われているけれど、ことトライアルに限っては、そうとばかりもいえない。藤波らの乗るファクトリーマシンも、パワーを出すだけ出してから、実戦用にパワーを落としてみたりしているし、市販車にしても、初期型より後から出たものの方がゆるやかなパワー特性になっている。パワーそのものは、4ストロークエンジンが劣るということはない感じだ。

出力特性については、慣れの問題もあるし好みもあるけれど、個人的には4ストロークの方がトライアル向きだと思ってる。2ストロークはアクセル開度を一定にしていると、どんどん回転が上がってくる。4ストロークは(どっちかというえば)アクセル開度が一定なら回転も一定を保つ。雑誌のインプレ記事には「開けたら開けただけ前に進む」特性なんて書いてあるけど、2ストロークエンジンの場合は、開けたらそれ以上に進む特性でふつうなのであった。こういう2ストロークならではの特性は、スピードを競うカテゴリーでは違和感はないし、これまでのトライアルではその特性をふまえて乗っていたから、その特性を生かす走り方を(無意識に)していたのだけど、これからトライアルを始める人には、4ストロークの方があっているのではないかと思ったりもした(スコルパやランドネの4ストロークエンジンはちょっと別枠。あれはもともとよくできた実用車のエンジンで、その延長線でトライアルができている。生粋のトライアル用エンジンと同じ土俵にあげるのはかわいそうです)。

4ストロークがトライアル的に遜色ないというのは、世界選手権の戦いを見ているとわかります。チャンピオンをとった翌年、藤波は(初めての)4ストロークマシンに乗って連続タイトルはならなかったけど、2年連続でランキング2位、タイトル争いをしているし、その翌年からはトニー・ボウが連続チャンピオン。ホンダエンジンは、デビュー年からずっとチャンピオン争いをするポテンシャルを持っているということです。

シェルコの4ストロークも、アルベルト・カベスタニーが乗って上位を走っている。ベータの4ストロークも、開発当初は世界選手権を走っていた。ジョルディ・パスケットはこのマシンでするするっとポイントを獲得していたから、マシンのポテンシャルは必要充分に高かったのだと思う。

世界選手権を走る4ストロークマシンは(全日本もそうだけど)排気量はだいたい300cc。これも2ストロークと変わらない。ただひとつ、4ストロークに弱点があるとすれば、重たいということだ。

今、4ストロークマシンは実質75kgほど。トップライダーのマシンは高価な軽量パーツを使って軽くなっているが、だいたい70kg前後と見られる。これに対して2ストロークは市販車段階で65kgに近づきつつあるから、その差は一目瞭然だ。

2ストロークも、この10年で急速に軽量化が進んでいる。4ストロークマシンの軽量化に取り組む過程で、エンジンの種類を問わずに軽量化のノウハウを得てしまったのではないかと思うのだが、どうだろう。ベータもシェルコも、2ストロークと4ストロークは基本的に同じフレームを使っている。4ストロークを軽く作ろうと思うと、2ストロークも軽く仕上がってしまう。その結果、以前よりさらに軽い2ストロークマシンが登場する結果になったんだと思う。

こうなると、2ストロークと4ストロークの重量格差はいつまでも縮まらない。いたちごっこだ。FIMでは、2年ほど前からトライアルマシンの重量規制を模索している。そうこうしているうちに市販車の車重がどんどん軽くなっていくから、規制値を決めるにも、その重量は維持されそうな感じ(つまり68kgとか)。それじゃ重量規制も骨抜きというか、4ストロークユーザーは高価な軽量パーツを投入しまくるしかない。マシンが軽いのはへたっぴにもうれしいし、下敷きになったりしたときのケガも軽いかとは思うけど、この不景気にお金をたっぷりかけてまで軽量化するのは、気分がいい面と悪い面、両方を味わうことになる。

実は10年近く前には、世間の動向として、トライアルは完全に4ストローク化に向かうと思っていた。規則が決まるというのは、そういうことだと思っていたからだ。ところがFIMの規則は、実はどうやら、2ストローク規制には向いていなかったのじゃないかという疑惑がある。

いえいえ、もともとあらゆる規制が、2ストロークを排除しようと思ったわけではなくて、公道だったら排ガス規制をクリアすれば走ってもいいよ、だし、ロードレースならハンディ承知なら走っていいよ、ということになる。実際公道を走るトライアルマシンは、ヨーロッパのユーロ3という排ガス規制をパスしている必要があるわけだけど、排気や吸気を絞ったり、いろんなことをしてこれにパスしちゃっている。規制状態ではトライアルができる性能は出ないということだが、ヨーロッパでは(まぁ日本でもだけど)こういう本音と建て前がまかり通ることが多い。悪く言えばデタラメだけど、よくいえば規制は規制だが、伝統あるモータースポーツをダメにするわけにはいかないという正義感だ。

お国柄というか、ヨーロッパの風土がこんなだから、4ストローク化の流れもなんとなくなぁなぁで進んでいて、なんとなく先がないという感じになりつつある。4ストロークに一本化したモンテッサ・ホンダなどはさぞ怒ってるんじゃないかと思うんだけど、FIMがなにかを決める時は(今回のノーストップルールもそうだ)マニュファクチュラーズは会議の席につくことになっている。モンテッサはその代表でもある。会議の席でどんな議論がなされたかはわからないけど、結論として、モンテッサは現在の流れに賛同して、推進する立場だから、文句があるわけもない。

個人的には、2ストロークへのハンディをつけられないなら、エンジン形式を問わず車重を75kgくらいに規制してしまえば、お金のかかり方も少なくなるし、4ストロークのハンディもだいぶ小さくなると思うのだが、世の中はそんなに簡単じゃない。おそらくそうなれば4ストロークががぜん勢力を伸ばしてくるから、優秀な4ストロークエンジンを持たないヨーロッパの小さなメーカーは危機感を持つだろうし、重量の増加はトップライダーにとってもへたっぴライダーにとってもリスクが増える。いっぽう、軽量化への努力をしないですむのだったら、その分2ストロークマシンのお値段が安くなって、2ストロークの方が安くていいや、という道に進むかもしれない。いずれにしても、うまく進みそうな気がしない。

実は、4ストロークマシンがトライアル場を席巻していた時代には「2ストロークはいいぞという記事は作れないか」という2ストローク側からの悲鳴が届いたこともあるし、いまどきは4ストローク側から悲鳴が出ている。過去には「最後の2ストローク」なんて宣伝されて売られたモデルもあって、そういう狼少年みたいな売り方をしたら、やっぱり反動が出ちゃうということなんだと思うけど、その時点では「最後の2ストローク」がほんとなのか誇大広告なのか、ちゃんと判断する材料はなかったんです。

今後は電動バイクも勝負の土俵にのってくるから、今後の展開はまったくみえないけど、4ストロークエンジン再登場からまもなく10年になろうとする今、トライアルにおけるエンジン形式のせめぎあいについて、ちょっと考えてみました。

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