雪は降ったって春は春。シーズンは開幕してます。えいえいおー

せんせいのお話、の巻

1201線源

なんだか物騒な感じだけど、お値段もぶっとぶものだった

 さて、いよいよ家庭教師さんの登場です。おりからこの季節的には珍しい強烈な寒波となって、凍るような山村はすっかり凍てついています。はたして無事に来られるのかなとちょっと心配。放射能はとってもおっかないけど、今回の原発事故で即死した人は(たぶん)まだいない。だけど避難する過程で死んじゃった人はいっぱいいる。おらが村の蒲生さんの事故にしても、原発事故がなければ、今でもじっちゃんはふつうに炭を焼いていたと思うんだよなぁ。
 また話がそれました。いいたかったのは、放射能ではすぐには死なないけど、凍った山道でハンドル切り損ねて谷底に落ちてしまえば、それはただちに死ねる、ということでした。幸い、家庭教師氏は無事に到着くださいました。そして、まさに放射能のただちに健康を及ぼさないについて、興味深い話をしてくださったのでした。

1201サーベイメーター

表面汚染を測るにはこいつが強力、だそうだ。サーベイメーター。ものの汚染度合いがすぐわかる

 トライアルをやっている時以外で会うのはこれが初めてですから、どんなお仕事をしているのかとこっちが聞けば、向こうは事故以来、どんなふうに暮らしていたのかを聞いてきたりします。このへんでの社交辞令みたいなもの。彼の仕事については、あんまり秘密でもないのかもしれないけど、一応公にはしないでおきます。彼のところではないけど「仕事以外のブツを測ったらクビ」と言われている人もいるそうです。
 会社の機材を使って仕事中に遊ぶな。検出したデータの責任が会社にも及ぶ可能性があるから面倒を起こすな。計測した数値によって大騒ぎになったらめんどくさいじゃないか。データを細かく測ることによって数字だけが独り歩きして混乱するのがこわい……などなど、理由はいくつか考えられるのですが、クビになる理由は教えてもらえませんでした。聞いてないから、ということだけど、たぶん、想像したのとおんなじような理由じゃないでしょうか、ということです。大人の世界は、むずかしい。
 さて原子力の話、ぼくら、テレビとかYoutubeで、大学のえらい先生が不遜な顔つきで出てきて「おまえら素人はよけいな心配しないで原発直下の村で暮らしてろ(意訳)」と高飛車にしゃべるのを見聞きして、すっかり原子力という学問が悪の巣窟みたいに思っている。そういう偏見からすると、この家庭教師さんは悪の巣窟の出身者で、しかしいまだにその筋で飯を食いながら、メインルートからはドロップアウトしたような感じであります。
 素朴な疑問コーナー。半減期というのがあります。半減期1日だったら、今仮に100個あるものが、1日たったら50個になっているという考え方ですね。この考え方は正しいそうです。ただ、100個とか50個とかという幼稚園みたいなものの考え方がイマイチ。この考え方では、2日たつと25個、3日たつと……、あれ? 12.5個になるの? となってしまう。ようかんなら半分に切って仲良く分ければいいんだけど、まな板に乗ってるのはようかんではなくてセシウムだのプルトニウムだの、原子なわけだ。半分になんかなるのだろうか? たとえば今セシウムでもなんでもいいけど、原子をひとつだけ持ってくる。セシウム137だったら半減期が30年だから、30年たったらその原子はどうなるのか。半分になるのか??
「なるんです」
 先生はおっしゃる。えー! セシウム原子が半分になったら、それはもはやセシウム原子ではないんじゃないの? 原子構造をインターネットで調べようとするできそこないの生徒に対して先生はおっしゃる。「半減期は最後まで半減期としかいえないんです」。
 なんだかいきなりくらくらしてきた。それはなんというか、ぼくだけが思ってるのかもしれないけど、宇宙の果てはどこにあるのか、みたいな話ではないか。ぼくらの住む銀河系ともっとも遠く離れた宇宙は、光の速さで銀河系から遠ざかっている。なのでその宇宙から、ぼくらのところに光が届くことはない。光速で飛ぶ宇宙船ができても、そこについたときには目的地の宇宙はさらに遠ざかっているから、永久に到着することはできない。ああ無情。これ、確かアインシュタインだかなんだかのことを書いた本で読んだことがあるんだけど、こういう気が遠くなる話は、スケールが大きな宇宙の話だけじゃなくて、目の前にあるはずの素粒子でもおんなじだったんですね。こりゃ、研究室でお勉強している人は、さぞおもしろいだろうなぁと思いました。ぼくも(入学試験に合格するかどうかは別問題として)こういう勉強をさせてもらえるんだったら、わくわくしてしまうと思う。
 研究者による結論はどうなるのかわかんないけど、ぼくの理解では、つまり福島第一原発からばらまかれた放射能は、いつまでたってもなくなることがないのだ、ということです。セシウム137の半減期は30年。30年で半分、60年で1/4、90年で1/8、120年で1/16……。しかし何億年後かにセシウム137の原子がたったひとつになっても、その30年後には原子が半分になったセシウム137が存在するということらしい。なんだか、原子のお勉強って、禅問答みたいだ。
 放射性物質が放射能を出すときというのは、なんとか崩壊といって、たとえばセシウム137がセシウム137でなくなって、別のものになってしまうとき、らしい。これはてけてけとWikipediaで検索しました。安易な勉強でごめんなさい。で、放射線を出すとセシウム137はもはやセシウム137ではないので、それ以上の危険はなくなる。逆に言えば、目の前にあるセシウム137がたとえばあと2年は崩壊しないと約束してくれるなら、2年間は安全に暮らせるってわけだ。
 実際には、セシウム原子をひとつ取り込んだりするなんてことはできない。新しい基準で食べてもいいという基準になった100ベクレルってのは1kgあたり毎秒100個のセシウム原子核が崩壊しているということらしいんで、1分間に6000個、1時間に36万個、1日で2160万個、1年間で79億個、セシウム137が半分になるといわれている30年後までには19兆個のセシウム原子核が崩壊するってことかいな?(こんな計算であっているのかどうかはわからん) 原子核のひとつふたつを語っている場合ではないということみたい。

1201サーベイメーター

100CPM以上。CPMって、機械によって出る数字がちがうのだということを初めて知った。ぼくの機械は感度がよろしくないので、同じ場所で40CPMくらいしか示さない

 さて件の家庭教師氏、仕事帰りでというから、ちょっと仕事道具を見せてもらった。震災直後、川内村から出てきたといったら「じゃまずスクリーニングしなさい」といわれて測られた機械があった。ちょうど、1000ベクレルが出たイノシシの肉があったのであててみたら、数字は正確にはわかんないけど、検出はしているということでした。1000ベクレルから出る放射線値なんて、ふつうの計測器では絶対測れないから、たいへん感度がよろしいようだ。
 先生は、仰々しいサーベイメーターといっしょに、アクセサリーが入ってるみたいなケースを出してきた。中に、錠剤みたいなのが入っている。なんだろうと思いきや、これはセシウムの線源というものだそうだ。これを測ってみて、測定器が正しいのかどうかをチェックするような使い方をするのだという。セシウム134とセシウム137の線源があって、どちらも1000ベクレルを出すようになってるという。
 セシウムと聞いて手を引っ込めたら、大丈夫大丈夫と笑われた。今、セシウムの摂取基準はちょっと下がったけど、これまでは1kgあたり500ベクレルが暫定基準になっていた。1000ベクレルは、ちょうどこの前計ってもらったイノシシくらいだ。食い物としては低くはないけど、さわったら健康を害するというレベルではない。

1201線源ふたつ

セシウム134とセシウム137の線源。ケースの中の白い丸いのが、問題のブツ。一応、持ち主を特定できそうなデータは消しておいた

 しかし放射能以外に、この錠剤みたいなのは健康を害しそうな効力があった。「いくらだと思います?」。こういう聞き方をするときには、きっと高いんだろう。見た目は100円ショップで売ってるような代物だけど、きっと1万円くらいはするにちがいない。するとなんと「中古のトライアルバイクが買えるくらいです」と。中古のといっても、5万円のもあるかもしれないが、そんなものは乗れたものではない。件の錠剤は、40万円だという。
 よんじゅうまんえん? 1000ベクレルのイノシシの肉は誰も買ってくれないだろうけど、1000ベクレルの放射能を出すアクセサリーは、びっくり仰天に高いのであった。どうやって使っていいものかさっぱりわからないから、よけいに高けー!と思う。
 ちなみに、セシウムの線源はほんもののセシウムを錠剤に閉じこめているのだが、放射性ヨウ素の場合は半減期が短いので、本物だとあっという間に賞味期限が切れてしまう(放射性ヨウ素の半減期は8日だから)。なので、バリウム133だかの放射性バリウムを代わりに使うんだそうだ。放射能屋さんも、たいへんだ。

1201線量計いろいろ

左のふたつがぼくの。右のふたつが先生の。ぴたり揃ったふたつは、1万円台のガイガーカウンター。一番左はプリピャチというゴーストタウンになったウクライナの街の名からとったガイガーカウンター。もっと時間を置くと、少しずつ数値が上がっていく。右から二番目は、ドイツの知り合いに買ってもらったそうだが、調べたら70万円くらいしてびっくり。シンチレーターで、数字が低めに出る。こっちのほうが数字的には正確だそうだけど、ガイガーカウンターの数字の多少の上下は気にしてはいけないということでした

 放射能の話をするとき、飛行機に乗ったら何Sv/h、レントゲンを撮ったら何Sv/hというのはよく聞く話。飛行機やレントゲンは自分の楽しみのためとか健康のためにしょうがなく被曝するんで、有無を言わさず被曝する現状と比べるなんてずるいと思うのだけど、先生はもっとびっくりの比較対象を教えてくれた。末期ガンの患者さんへの痛み止めのために、ストロンチウムを与えることがあるんだそうだ。ストロンチウムで痛みの神経を殺してしまえば(マヒさせるだけかもしれない)、患者さんは楽になる。楽になると、食欲とかも出てきて、少しでも長く生きられる、というときのストロンチウム。このストロンチウム、どれだけ与えるかというと、何ギガベクレルだそうだ。ガンの痛みに耐えているよりは、という注釈つきだけど、何ギガベクレルのストロンチウムを与えられて、それで寿命が伸びることがあるんですよ、という解説だった。うーむ。だからストロンチウムが安全だなんてこれっぽっちも思わないけど、考えさせられる例題だった。
 ついでに、先生には今福島で話題となっている先生方についての論評もしてもらった。あの先生はホンモノ、この先生はインチキという論評もふむふむと聞かせてもらったけど、ぜひご報告したいのが長崎大学の山下俊一センセーについて。この先生、100ミリシーベルト浴びても安全と言っちゃって、刑事告発されちゃったりしている。お気の毒なのか自業自得なのか、という点についての見解はこんなふうでした。
 でたらめか正しいか、という論点では、あのセンセーの言っていることはかなり正しいと思えるということでした。ただし人の気持ちがさっぱりわかっていない。あれじゃ怒られるのも無理はないと。ここまではまぁそのとおりかいなと思うんだけど、その理由が楽しい。
 女の子が電車に乗っている。すると痴漢があらわれた。お尻を触られた。きやー、痴漢よー! そのとき山下センセーあらわれておっしゃる。「大丈夫、お尻を触られたくらいでは、死にません」。今、福島の人に向けてあのセンセーがおっしゃっているのは、そんな感じなんじゃないかということだ。
 そりゃ、お尻を触られて死んだ人は聞いたことがない。でも、痴漢にお尻を触られて喜ぶ人もほとんどいないし(中にはいるのかなぁ)、それでただちに健康被害が起きなくたって、いやなものはいやだ。痴漢にお尻を触られたまま、泣いている女の子に対し「大丈夫、死なないから。笑ってなさい」とアドバイスするのは、人間としてこわれている、というのがうちの先生のご意見でした。わはは。
*ちなみに、プリピャチの名前を出したんで検索したらひっかかったのがこのページ。
らばQの「チェルノブイリ原発事故でゴーストタウンになった街「プリピャチ」の姿」
http://labaq.com/archives/51177839.html

この記事が書かれたのが3月10日だというのがすごいな。