雪は降ったって春は春。シーズンは開幕してます。えいえいおー

藤巻くんを見て思う

 お引っ越しして、寄居トライアルパーク(金勝山)が近所になったので、どれくらい近所なのか、出かけてみた。これまでは、横浜から東京を抜けて関越自動車道にはいり、東松山かなんかで降りて国道を突っ走るという行き方で、距離の割りには時間がかかる行程だった。この日、寄居トライアルパークでは、関東選手権東京大会が開催されていた。10月初めのことだから、ちょっと昔話になってしまいましたけど。


 埼玉県寄居なのに東京大会とはこれいかに。まぁかたいことは言いっこなし。主催が東京都トライアル委員会だから東京大会。F1のサンマリノ大会はイタリアのイモラサーキットで開催される。成田空港のことを新東京国際空港というのだって、似たようなもんだ。
 久しぶりの関東選手権は、ずいぶん若いライダーが増えている気がした。世界選手権の競技長もやっている永田さんは、この程度じゃぜんぜんご満足ではないみたいだけど、5年前よりはずいぶん若い子が増えていると思う。平均年齢は、高齢者が毎年ひとつずつ歳を取るから、若い子が増えてもなかなか若返りするものではないけど、悪い傾向でないのは確かだ。
 こんな中にあって、やっぱり目が止まるのは藤巻耕太くんだった。自転車トライアルの04年全日本ベンジャミンチャンピオン、同年世界ランキング2位。最近、オートバイに乗りはじめて、今年は国内A級で戦っている。14歳。
 ちょっと前に、小川友幸選手と若いライダーについてお話しした。若手の注目株は藤巻くん、と小川くんは断言した。三重の小川くんが群馬の藤巻くんを知っているのは、藤巻くんが小川くんのGATTIスクールにでかけていったからだ(逆に言えば、小川くんの知らないところに、まだまだ逸材が隠れている可能性はあり)。
 藤巻くんは、バランスのいい子だ。自転車トライアルあがりだからか天性のものか、スタンディングがどこででもぴたりと決まる。このガンとしたバランス感覚は、世界のトップ(世界選手権のみならず、ジュニアやユースも含めて)に通じるものだ。小川くんは、こういう子を、若いうちにさっさと輸出して、スペイン人の中でもませれば、次の世代の日本人チャンピオン誕生につながると力説する。ぼくらも、世界のトライアルを見るにつけ、日本のトライアルが世界と大きく隔たりを持っているのを痛感している。藤波ら、世界のトップに君臨する日本人ライダーは、日本の環境が生み出したのではなく、彼らが日本を飛び出したことによって生まれたものだ。日本でいくらトライアルをやっていても、世界に通じるライダーは絶対に育たない。藤巻くんみたいな逸材を見ると、それがまたくやしくて、ぼくらは人知れず涙します。



下見中の耕太くん。
うしろにお父さん
お母さんが見える

 この日、藤巻くんは国内A級クラスでぶっちぎりの優勝を飾った。ガスガス125に乗っての勝利だった。藤巻くんの技量だったら当然とみるか、オールクリーンでないのがなさけないとみるか、その評価もいろいろあると思う。でも125に乗る海の向こうの若い連中がどんなセクションに挑んでいるのかを考えるとき、藤巻くんをこのレベルのセクションを走らせておいていいのかという焦りを感じる。もちろん、本人が楽しいんだったらそれはそれですよ。世界一になりたいとか思わず、日曜日に健康な汗をかきたいという程度だったら、地方選手権のセクションレベルはとてもよい設定だと思う。でもいい年をしたおっさんではない。まだまだ、無限の可能性が広がる若手なんだから、目指すは世界チャンピオンがいい。で、それを目指すんだったら、今ここを走っている場合じゃないと思うのだった。
 まず、125という排気量がひとつのキーワード。世界の少年たちは、18歳以下は125cc以上に乗れないという免許制度から、こぞって125ccに乗っている。でも同時に、125に乗る彼らは、少ないパワーを思いきり絞り出す訓練を受けているということでもある。日本では、125ccは入門者のためのものという印象があるけど、ヨーロッパでは、125ccはムチやスパルタの代名詞だ。そのムチたるや、へたをすると国際A級スーパークラスのセクションを走らされたりするくらいの強烈なものだ(少なくともA級レベルではあると思う)。こういうのは、125で走る仲間がいないと、成長にはつながらない。行けるかどうかわかんない、もしかしたらマシンの限界で、絶対走破不可能なセクションなんて、練習したくもないじゃないの。ところが才能のあるやつが何人か集まると、誰かがするりと走り抜けたりする。そうすると他の連中も、我も我もと技術を盗み、結局全員いけるようになっちゃういとうのがヨーロッパのトライアル構造である。ただむずかしいセクションを走らせているだけでもない、ヨーロッパには、ヨーロッパでしか得られないものがある。
 とはいっても、ぼくは藤巻くんにどうしろとも言えない。日本の規則(世界の規則でもあるんだけど)では、国際大会への参加は、国際ライセンスを持っている者に限られる。藤巻くんがユースクラスに参加したいと思ったら、まず国際A級にならなければいけないってことになる。それには、最短でも2年かかる。ちょうどユースクラスへの参加年齢に達するから、それでも間に合うかといえば、これが絶対に間に合わない。
 大学受験をしようという人が、小学校へ通うべきではない。そしてまた、将来フランスで仕事をしようと思うなら、日本でフランス語のうまい日本人にフランス語を習っているより、一刻も早くフランスでホンモノのフランス語に接した方がいい。
問題は、そのためにはちょっとばかりお金がかかるってことで、お金がかかることは、いくら正しいことでも、実行するにはなかなか勇気がいる。
 日本のトライアルは、渋谷勲という世界でも類を見ない天才を、ついに世界の舞台に送り出せなかった。協会やメーカーや雑誌屋や友人や家族という個々の問題ではなく、日本のトライアル全体の団体責任なんだと思う。
 藤巻くんの小気味よいトライをみていたら、この才能を生かすも殺すも、環境如何なのだよなぁと思って、ちょっとおそろしくなった。