大きな災害が相次いでいます。災害支援にトライアルは最適。しっかり腕を磨きましょう。

最後の多摩テック

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 9月26日、東京都内にあつて貴重な存在だったモータースポーツランド、多摩テックでの最後の届トライアルフェスティバルが開催された。
 これまで、藤波貴久が来訪してデモやスクールなどをおこなってきたが、今回は小川友幸、本多元治、小林直樹の3人によるパフォーマンスが披露された。

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 多摩テックは、閉園が決まって以来、連日たくさんのお客さんで賑わっているという。多摩地区で育ったお父さんお母さんの多くが、多摩テックで遊んだ思い出を持っているにちがいない。当日も、各アトラクションではそうとうの待ち時間を覚悟してほしい旨の案内がされていた。
 そんな中、今年のトライアル・フェスティバルはこれまでの2年間とは趣向を少し変えて、多摩テック園内を巡業してのデモ走行というイベントとなった。これまではトライアルスクールやトークショーなどもあり、どちらかというとトライアルファンがふだん会えない生の藤波貴久に出会うチャンスとして企画されていた印象があるが、今回は閉園を惜しむトライアルファンのみならず、一般来場者にもその華麗なライディングを見てもらえるかっこうのデモンストレーション・イベントとなった。
 今回、閉園特需をうけてお客さんの殺到が予想されることから、イベントの告知はぎりぎりまで見送られたものの、ほんの数日前に発表されたイベント告知を聞きつけてやってきたトライアルファンは、それでも100人を超えた。もちろん園内のデモンストレーションは遊園地に来場した誰もが楽しめたので、今までにもまして多くのお客さんがトライアルの魅力に接することとなった。
 多摩テックは、開設が1961年。今でこそ子どもたちの遊ぶ立派な遊園地だが、解説当時はモータースポーツ文化の起点としての位置づけがされていて、アトラクションの乗り物も実車のモンキーを改造したものなどが用意されていた。モータリゼーションの黎明期の日本で、エンジンつきの乗り物の楽しさを一般に知らしめようという壮大なポリシーを持っていたのが、多摩テックだ。
 その後モトクロスの開催などを経て、徐々にレジャーパークとしての色合いを強めていって、今年9月30日の閉園を迎えることになった。その間、1982年にはエディ・ルジャーンが来日してのスタジアムトライアルも開催、東京近郊の希有な存在のトライアルパークとしても、トライアルファンの間には大事な拠点として愛されてきた。
 多摩テックトライアルパークは、実は自然山通信杉谷真が創設整備のお手伝いをさせていただいた。杉谷は当時、新進気鋭の国際B級ライダーで、前年のジュニア(今の国内A級)チャンピオンだった。岩を配置して、実際に走ってみてバークを作っていったのも、今は昔のお話だ。当時はモーターレクリエーション本部といったホンダのモータースポーツ普及課からいただいたお仕事で、その縁で、杉谷は日本初のスタジアムトライアルのセクションの試走役にもなった。お客さんが誰もいない設営時のことだから、その走りを見た人はほんの一握りだが、本番では名だたる国際A級ライダーがみなそろってたいへんな思いをしたのだから、杉谷はそれに輪をかけてそうとうに悲惨な状態だった。

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 今回のトライアル・フェスティバルの4日後、多摩テックは48年の歴史に幕を下ろす。この広大な土地がこれからどう利用されるのかはまだ決まっていない。また同時に、東京地区のトライアルライダーに愛されてきたトライアルパークの今後についても、まだ決まっていない。ライダーからはなんらかの形での存続を求める署名活動などがされたが、もちろんこちらのほうも今後は未定となっている。
○写真提供:二輪車新聞・福原廣昌さん