大きな災害が相次いでいます。災害支援にトライアルは最適。しっかり腕を磨きましょう。

Beta Sincro 小川毅士テスト

国際A級スーパークラス・ゼッケン3 小川毅士選手による、2026ベータ・シンクロの試乗テストをお届けします。

現行ベータはEVO。EVOの歴史は長く、初登場は2009年だった。16年にわたって、ベータのトライアル舞台を支えてきた、ということだ。その前のRev-3が2000年登場、さらにその前のTechnoが1994年初登場。Technoから順に発売年数を並べてみると、5年、10年、16年と、どんどん長くなっている(Rev-3もEVOも、途中でフレームが全面的に刷新されるモデルチェンジを受けているが、車名はそのままだった)。満を持しての、ベータ・シンクロ(SINCRO)登場だ。


ということで、長く君臨したEVOに代わってベータのトライアルマシンが登場した。16年ぶりのモデルチェンジ、ということだけど、エンジンに限ってみると、Technoの前モデルのZEROから、基本的に同じアウトラインのものを使っている。実績は充分だし、その都度けっこうな変更を受けているとはいえ、基本設計は古かった。今回はエンジンを含めての大刷新となった。

ベータは伝統的に、左キックだった。これが慣れない、という人は正直なところ、多かった。左側にキックがついてるのなんて、ホンダのラッタッタのぜんまい始動くらいしか覚えがない。事故で右足を失った人が、左キックにしか乗れないとSWMに乗っていたのを見たことはあるけど、左キックはベータのトライアル哲学でもあった。左キックなら、リヤブレーキを踏みながらキックができる。坂道での再始動は便利でもあった。

これが今回、右キックになった。哲学を返上して(ベータ的には、そんな哲学はないと言うだろうけど)より広い市場を求めた、ということなんだろう。と同時に、オプションではあるが、セルモーターが装着できるようになった。サードパーティで、既存のトライアルマシンをセルスターター化するキットも出始めているが、シンクロは最初からセルが装着された時のことを考えて作られている。ただし、セルのキットはまだ登場していなくて、セルスターターが最初から装着されたモデルもリリースされていない。


ラインナップそのものは、これまでのEVOと変わらない。今回は、300と250、それに300SSの3機種。125(まして200)などは注文は可能だそうだけど、試乗車が用意されるほどの数は輸入されないということだ。大前提として、今回乗るのはベータSYNCROのスタンダードタイプ。世界選手権を走るライダーが乗っているのはファクトリーと呼ばれるタイプで、いろいろと仕様がちがう。カタチ的にはほとんど変わらないので、その差は大きくないみたいにも思えるが、実は乗ってみると大きくちがう。レース用マシンに対して、スタンダードは野山を走って楽しむのがぴったりの使い方を狙ってもいる。カタチが同じだから見分けがつきにくいのがちょっと損をしているというのは、輸入元ベータ・ジャパンの門永哲也さんも同意見だった。

スタンダードとファクトリー、その差はいろんなところにいろいろあるんだが、もっとも重要なところといえば、シリンダーではないかと思われる。シリンダー壁に、高回転域にはなるべく影響がないようなスリットが入っている。これのなにがいいかというと、キックスタートがものすごく楽。トライアルマシンのキックは人間にやさしい細工がいっさいないから、ものと人によったら、ものすごく苦労することがあるのだが、これはおそらく、対象が誰であっても苦労しない。特筆すべきは、それが250のみならず、300でも同じということ。キックで苦労するのはいやだから、300ccは乗れない、250cc、なんなら125ccがいいという初心者・初級者は多いけれど、これなら技量は問わず、好きな排気量を選べる感じになる。


さてでは、小川毅士選手に乗ってもらう。毅士選手、ベータは愛車ではあるが、毅士選手が乗っているのはファクトリーで、スタンダードにはあんまり乗り込んだことがない。シンクロは日本に届き始めているが、現時点で日本にあるのはキックがしやすいスタンダードだから、いわゆるとがった仕様にはしにくい。そして手を入れるにもスペアパーツがまだ存在しないということで、毅士選手自身はまだEVOに乗り続けている。なので毅士選手自身にとっても、今回のシンクロ試乗は新鮮なものになった。今回は3機種一気に乗ってもらって、まとめて話を聞いてみた。

コントロールしやすい

300、250、SS。3台を比べれば、やっぱり排気量なりに、300は300なりのパワーがあるが、ことさらにパワーを前面に押し出した味付けはしていないようだという。25年までの他メーカーマシンは、高回転のパンチを売りにしたい傾向があったように思うので、その差はちょっと目立つ。印象としてはパンチがない、ということになるが、パワーはあくまで排気量なりにきっちりある。250ccは250ccらしく、300ccは300ccらしく出ている。250は300に比べるとパワーは排気量なりだが、意外にトルクがあるという印象だ。

ここでいうパンチとは、タイヤが地面をかこうとする力でもある。それがマイルドになっているから、ちょっとラフな扱いをしても大きな失敗にはならないという利点は大きい。繊細なアクセルコントロールをできる人が大胆なアクションをしようとすると話はちがうかもしれないが、このマシンの対象はスタンダードな人たちだから、その狙いははずしていないと思われる。そのパンチ具合も排気量なりだが、300より250がおとなしい。されどSSは250よりもさらにコントロールしやすい。SSのコントロールのしやすさは、異次元だ。


SSは、アクセルを開けないで走るとたいへんにご機嫌がいい。逆に言えば、アクセルをどんと開ける乗り方には向いていないともいえる。アクセル開けても、300ccに期待するほどのパワーは出てこない。回転が、そこまで上がってこない。吹き上がりが遅いというレベルではなく、じっと待っていても、300とSSでは同じことができない、がSSの特徴のようだ。そしてこの特徴は、たいへんに興味深くもある。

ファクトリーと比べて、スタンダードは一般向けの仕様だと説明した。しかしそれでも、向いている方向は現代トライアルダ。それに対してSSは、クラッチを使わないで走ると、快適に走る。300ccの排気量もあるし、特性もあって、クラッチを使わなくてもパワーは充分に出てくるし、クラッチを(フルパワーの300のつもりで)使うとタイミングが狂うばかり。ファクトリーとスタンダードはマシンの向いてる方向がちがうが、SSはさらにちがう。ファクトリーとスタンダードが東と南東を向いているとすれば、SSは南西くらいを向いてるくらいのちがいがあるかもしれない。あるいは、ファクトリーとスタンダードは、方向はいっしょで、その深さがちがう感じかもしれない。

こういうSSの性格はSS誕生の頃から変わっていないが、もしかすると、その性格づけは寄り顕著になっているかもしれない。それだけ、SSと300スタンダードの棲み分けがはっきりして、チョイスが分かりやすくなった。たとえばキックが重たい、強力なパワーは持て余すという理由で小排気量を選んでいた人は、思い切って300SSを選んでみたらどうだろう。キックはそれほど重たくない(ぜひ、どこかで実感してみてほしい)。まちがって開けてしまっても、300スタンダードほどのパワーは出てこない。クラッチワークができなくても、太いトルクでするすると走ってくれる。入門初級者にとっては、なかなかおいしい。ちなみに、キックが左側にあるとブレーキを踏みながらキックができる件について、毅士選手に実戦で使ったことがあるか聞いてみたところ、あるにはあると思うが、それが決定的に有利と感じたことはないんだそうだ。

回転が上がらない件について、極端にたとえれば、スタンダードが1万回転回るとすると、SSは8,000回転くらいで止まってしまうのだが、これがマイナス要因とは言い難い面もある。そこまで回らないから登れないんじゃないか、と心配になるようなところを、中速域でもりもり上がってしまうのだ。回転が低いから、その分スピードもその分ゆっくり。初級者には余裕が生まれる仕様、かもしれない。SSはその性格上、選手権を追うような仕様ではないが、走れるかどうか、という点で考えると、IBくらいのセクションなら充分走れる。ライダーの特性によっては、クラッチを多用して翔んだりはねたりするより、SSでとことこと進んだ方が結果がよくなるライダーもいそうな気がする、とは毅士選手評だ。

シンクロとはなんだ?

さて、SSの印象が強かったのか、SSの話から始まってしまったが、今回の試乗のテーマは新登場のシンクロとはどんなマシンか、ということだ。シンクロについて、じっくり聞いてみよう。

ご存知のとおり、毅士選手の愛車はEVOで、毅士選手が他のメーカーのマシンに乗ると、第一声はフロントタイヤが遠い、ポジションが大きい、となることが多かった。ところがシンクロの第一印象もまた、フロントが遠いだった。つまりベータのフレームワークも、他のマシンと足並みを揃えてきて、それがフロントを(今までのベータより)遠く感じさせているということだ。もちろんこの「遠い」という印象は、手が届かなくなるほどではない。なんなら、気がつかない人もいるかもしれない。ただ変化に気がつかない人でも、マシンが変わっているのだから、なんとなく乗り方に変化が出るはずだ。


そしてリヤサス。いろいろマイルドになっている印象からはちょっと意外に感じるが、ダンバーを効かせてしっかり踏ん張る方向に変わっている。この傾向はSSを含めて、3機種とも共通だった。そして、よく面を走る印象だ。どんとあたって跳ね返った反力を上昇方向に変換して上がる、という上がり方をするマシンもあるが、これはきちんと面を走って上がっていく。リヤサスのセッティングによってそうなっているのだろうが、サスユニットの取り付け角度も変わっているようなので、ユニットだけでなく、いろいろと総合的に変化をした結果なのかもしれない。ボディアクションをしなくても上がってくれる、という印象だ。頼もしい。

マシンのアライメント的に、フロントが前に移動した印象なので、その分、不用意にフロントが上がってしまう現象は起きにくく、すぐに加速体制に入れるようになった。フロントの重さについて、これまでのベータは軽い方だった。なので毅士選手が他メーカーマシンに乗ると、どうしてもフロントが重たく感じてしまう傾向があったのだが、シンクロについては、浮き出しこそ重たいのだが、タイヤがちょっと地面を離れれば、そこからはすーっとあがって行く。フロントが上げる技術がない人にとっては、これまでよりフロントが上がりにくいと感じる可能性はあるが、その分、フロントが上がった時の安定性は向上している。TRRSもそういう傾向だったので、これはヨーロッパ全体のトレンドなのかもしれない。

クラッチはダイヤフラムに!

そして、キックが右側になったよりも、実はもっと大きな変化がエンジン内部にあった。クラッチがダイヤフラム式になったのだ。2025年、世界選手権と全日本選手権を走ったマシンで、ダイヤフラム式でないクラッチを使っているマシンはごく少ない。4ストローク勢と、RTL ELECTRIC、ホモロゲーションが通してあるのがすばらしいTYZ、そしてベータだ。従来型(コイルスプリング型)クラッチにこだわっていたかに見えたベータが、ついにダイヤフラム式に。そしてその構造は、これまでのダイヤフラムとは異なる構造だった。

トライアルマシン勢が使っているダイヤフラムクラッチは、だいたい構造は同じ。しかしベータは、ダイヤフラムクラッチを採用するにあたって、一から新しいクラッチを作り上げたようだ。乗った感じは、コイルに近い印象だという。指の感覚で、どこで切れるかがわかりやすい。これまでのダイヤフラムには必ず存在した三角の爪がなくて、皿バネの幅が広くなっているという。これによって、クラッチストロークが広くなったのではないかという観測はあり。クラッチは、調整や部品の微妙な精度差でタッチが大きく変わるものだが、3台とも同じような印象だったところを思うと、個体差ではなく、このクラッチがこういう性能を持っていると思っていいのではないか。

試乗車は出荷状態のままなので、リテーナーによるセッティングは中間にセットされている。重たくもできるし軽くもできる、ということだ。

ピストンバルブになった!

さて、もうひとつシンクロがEVOと比べて大きく変わったのが、吸入方式だ。EVOはクランクケースリードバルブで、シンクロはピストンバルブだ。2ストロークエンジンの肝の部分が変わったのだが、意外や、毅士選手はこの吸入方式の変化について、特に気にならないという。EVOスタンダードと比べても、特にピーキーとももっさりとも思わず、違和感がない印象に仕上がっている。


この吸入方式のちがいで、セルモーターをキャブレターの下側、クランクケースのすぐ上に配置できるようになり、これまでずいぶんと前掲して装着されていたキャプレターが、いくぶんまっすぐに配置できるようになっている。

というようにいろいろと変化のあったシンクロだが、これで車重は従来モデルからざっと2kgほど軽量化されているという。エンジンをフレームの一部として使用したり、これもいろいろ変革があった。それが特に違和感のなく仕上がっているところが、シンクロの完成度の高さといってもいい。

シンクロの相対的な評価はまだまだこれからになると思われるが、EVOと比べても違和感のない乗り味を演出する一方、そこここに大きな変革を施されているコントラストとが、まずはその第一印象となった。