ちょっと昔話になってしまうけど、HRCさんのホームページ用に、RTL ELECTIRICの開発ストーリーをまとめてとの依頼を受けて、お話を聞いてストーリーをまとめました。自然山でも紹介してね、と言われていたので、ご紹介します。
Honda RTL ELECTRIC開発秘話:EVトライアルマシン、世界への挑戦(前編)
Honda RTL ELECTRIC開発秘話:EVトライアルマシン、世界への挑戦(後編)
RTL ELECTRICについては、2024年に藤波貴久が全日本に出場した時の現場と、2025年にミケール・ジェラベルトがT2に参戦した時の日本GPの現場で、そのスタッフの皆さんともお会いしているけれど、電気プロジェクトはメーカーの最新鋭テーマでもあって、その秘密に迫るのは簡単じゃない。スタッフの何人かはいろんな現場でお話をしたことがあるけど、今回お話を聞いたのは、初めてお話を伺うお二人だった。ちょっとちがう話が聞かせてもらえるかな、ワクワクだった。

お話を聞いたのはHRCのオフィスというか、Honda R&Dなんとかかんとか。ぼくらのような古いだけの人間には、朝霞研究所といったほうがなじみ深いが、ホンダの2輪開発の総本山だ。ちなみに今、ホンダはホンダでもHONDAでもなくHondaという標記を徹底している。小文字は大文字より控えめに見えるから、YAMAHAとHondaが並ぶとYAMAHAのほうがえらそうに見えちゃう気がして心配なのだけど、ほんとうはHondaのロゴマークを使うのが正しいのでしょう。
実戦に参加中で、今だ開発が続いているマシンについて、話を聞くのはむずかしい。企業秘密がいろいろからんでしまうから。本当は、RTL ELECTRICって名前は長くて雑誌に書く時に文字数ばかりが進んでしまうので、RTLEとかにならなかったのか、なんてことも聞きたかったのだけど、マシン名は開発が始まった時には決まっていたから、開発チームとしては、そんなことを言われても知らんがな、というところらしい。チーム内では、マシンのことはコードネームで呼ぶから、呼び方に難儀を感じることもないという。今後、このマシンがどうなるかわかんないけど、コードネームは開発が進むと(モデルが替わったりすると)番号が変わるなどする。なんて呼んでるのか、そのコードネームは教えてもらえなったけれど、小刻みな改善、変更に合わせて呼び名が変わったりしているらしい。それはそれで、覚えるのがむずかしそうだ。

ミケル・ジェラベルトの名前が、ライバルやGPクラスの仲間としてではなく、監督的立場の藤波貴久の口から最初に聞いたのは、引退直後のことだった。まだガブリエル・マルセリのレプソル・チーム参入も決まっていない段階だった。マルセリは当時、モンテッサ・タレントチームとしてファクトリーマシンに乗っていたから、藤波の抜けた穴を埋めるのは当然マルセリになるんだろうと思っていたのだが、監督に就任するにあたっては、既成事実をそのまま踏襲するのではなく、ゼロから考え直して決めたい、との意向だった。そしてその対抗馬として名前が挙がったのが、ミケル・ジェラベルトだった。
結局、レプソルチームがボウのチームメイトとして迎え入れたのはジェラベルトでなく本命のマルセリだったのはご存知の通り。マルセリは期待にたがわぬ活躍を見せているけれど、エスカレーター式にレプソルチーム入りをしたわけではないということになる。
ジェラベルトの話だった。ジェラベルトはGPクラスのライダーだが、2025年は同じくGPライダーのブノア・ビンカスも、T2にクラスを移してEMで戦うことを決めている。ソンドレ・ハガは2023年のT2チャンピオンで、順当なら2024年はGPを走るべき素養を持っているが、ハガはTXT-Eで引き続きT2に活躍の場を求めた。2025年のT2は、GPライダーと電気バイクの組み合わせによる三つどもえの戦いになった。
ライダーの実績を見ると、ジェラベルトが強そう。RTLには世界選手権の実績はないが、全日本では3戦全勝の大きな結果がある。開幕戦から、気持ちよくデビューウィンして、連勝を重ねるんではないか。我々外野も、そしてたぶん中の人たちも、そう信じて疑わなかったにちがいない。

世界選手権シーズンは仰天の滑り出しから
開幕戦は、しかしそんな期待を裏切る驚きのノーポイントで始まった。その衝撃と、そこからの立ち直りについては、さながらプロジェクトXの1シーンのようだ。電気チームの監督には、全日本で藤波のアシスタントについたカルロス・バルネダが就任したが、総監督は藤波貴久となる。総監督自ら、全日本3戦に参戦しているのだから、なんとも心強い。ライダーとしての立場も、チームとしての立場も、いろんな視点を持っているのが、藤波監督の強みだ。
藤波監督、HRC電気チーム、そしてジェラベルトがすごいのは、第1戦で出た課題を、第2戦までにことごとく洗い出して解決策を見いだしてきたことだ。マシンのセッティングについては、方向性さえ決まればそれに対処するマシンの仕様とチームの対応力はあるはずだが、方向性を見いだすのは簡単ではなかったはず。それをわずか1週間で対応してきたのは、シーズン中のハイライトの一つだった。
ジェラベルトとHRCチームのライバルは、イギリスの若き有望株、ハリー・ヘミングウェイだった。ヘミングウェイは弱冠20歳、アウトドア7回、インドア5回、合わせて12貝の世界チャンピオンのドギー・ランプキンとは親戚筋で、ランプキン家と同じく三代続くトライアル一家。若いけれど、そのバックボーンはイギリストライアルの長い伝統で裏打ちされている。若さだけではない強さを秘めている。
対してRTL ELECTRICは伝統のチームにベテランライダーの盤石の構え、マシンだけが生まれたての若武者だ。戦いのコントラストとしては、とても興味深い、2025年のチャンピオン争いとなっていった。

お話の中で、貴重なノートを見せてもらった。モーターの出力特性を司るマッピングについてのもので「家系図のようなものです」と紹介された。最初にベースとなるマッピングができる。それに対して、この部分をこうしたいという要望が出て修正したら、それはもともとのマッピングの子どもにあたる。さらにその子ども、子どもとマッピングが家族を増やしていく。その一方、一度原点に返りたいとなることもある。そうしたらベースのマッピングまで戻って、そこからまたモディファイが始まる。家計が分岐する。さらには、根本的にマッピングを作りなおすこともあるだろう。雨の日用マッピングがそうかもしれないし、考え方を変えた別系統のものを新作したかもしれない。そんなふうにして別筋の家計が生まれることもある。
マシンの開発に、この家系図が絶対に必要というわけではないみたいだけど、開発中に、いついつのどんなやつがよかった、と言われて、さっとそのマップが出てくるかというと、自信がない。そういうとき、家系図を参照すると、振り返りが簡単で、臨まれているマッピングをすぐに用意できる。
キャブレターの時代なら、○月○日、天気:晴れ、気温何度、メインジョット何番、スロージェット何番、ニードルクリップ何段と日記をつけておくところなのだろうが、開発ソースのデジタル化が進んで、手書きのメモは存在意義を失ったかに思いきや、人間が残すメモの効力は、デジタルで組まれるモーターの時代になっても、やっぱり健在。こつこつと積み上げる努力が無駄なことなんて、この世にはない。
終盤のショックとデビューイヤーのランキング2位獲得
結果、2025年のジェラベルトは、T2タイトルを逃すことになったが、がっちりランキング2位を獲得した。終盤のアメリカGPでの無得点が致命的となった。1回は指定場所でないところでのバッテリー交換で失格となっている。電池切れを起したわけではなくて、ちょっとしたトラブルがトラブルを呼び、現場ではどうしようもなくなってしまった。規則上、部品の交換はパドックに限らず、どこででもできるが(作業できる顔ぶれは極く限られている)、安全上、ガソリン補給は許されておらず、それにならってバッテリー交換もコース上では禁止だ。しかしトラブルを解消して最後まで走り続けるには、その時点で考えられる唯一の策だった。

トラブルから復帰するマネージメントのシミュレーション不足だったと振り返ってくれた。トラブルは発生しないのが一番だが、レース現場ではなにが起きるかわからない。なにかが起きた時、それを復旧する術が用意されていれば、被害は最小限となるのだが、レース現場ではいろんな想定外が起きる。この時も、ひとつのトラブルではなく、いくつものトラブルがからみあって、こんな結果となってしまったという。終わってみれば、なんということないトラブルであったとしても、それがレースの難しさ、なのかもしれない。
この取材のあと、HondaからはRTL ELECTRICとミケール・ジェラベルトが2026年にGPクラスに舞台を移して参戦するという発表があった。アウトドアのトライアルGPに先がけて、2月のバルセロナ大会では、ワイルドカードのスポット参戦ながら、RTL ELECTRICのXトライアル初参戦というトピックもあった。
そのXトライアル、デビュー戦は8人参加中7位。ライダーとマシンのポテンシャルを考えると、こんなものではないはず、が正直なところだが、デビュー戦でつまづいておくのがジェラベルトの(結果として)戦い方なのだとしたら、Xトライアルは基調なこちら落としになったのかもしれない。GPクラスに復帰するミケール・ジェラベルト、そしてGPクラス初登場のRTL ELECTRIC。2026年の大きな楽しみが、モーターのうねりとともに、回り始めている。
