雪は降ったって春は春。シーズンは開幕してます。えいえいおー

広末涼子さん

1303広末さん

去年の、あれはもしかしたらクリスマスの日だったと思うけど、広末涼子さんが郡山にやってきた。郡山の、川内村と富岡町の仮設住宅がある集会所で、ひっそりとクリスマスパーティをやったのだった。30人も入ればいっぱいになってしまうような集会所だから、告知もなくて、ぼくは村のばさまたちに「運転手して連れてけ」と言いつけられてでかけていったら、ヒロスエさんにお目にかかれたというわけでした。

1303広末さん

広末涼子さんの旦那さんは、キャンドル・ジュンさんといって、ろうそくアーティストだ。物静かだけど、怪しげな感じでもある。ネットで検索したら、まぁいい評価はほとんどない。どうも、広末ファンの度合いが高いほど、このカップルに対する冷評が高いような気がするけど、それはいいや。ぼくは広末さんには多少興味があるけど(女優としての広末さんへの興味と、知性のなさそうな、あるいは知性を隠したような笑い方が、うちの娘とよく似ているところなど)、私生活は私生活だと思うから。

なので、何度かでかけた集会所へ入ったら、広末涼子さんがこたつでお茶飲んでいたのはびっくりした。知ってるんだったら、最初から言っておいてくれよ。ぼくにだって、心の準備があるんだ。

でもまぁ、心の準備があったらどうだというのか。広末さんに声をかける機を探りながら、そこに集っている村の知り合いとお話などしているのがせいぜいの、気の弱いファンでありました。

「なになにちゃんのところは、赤ちゃんはいくつだっけ?」

みたいな話をしたんだっけかな? その子は、地震の頃に生まれて、生まれた直後にたいへんな時期が重なってしまって、たいへんだったという話を聞いていたら、あっちのほうで聞き耳を立てていた涼子さんが「あたしもそうでした」と声をかけてきた。彼女も震災の頃に赤ちゃんを生んで、その頃は赤ちゃんを守らないと、という思いでたいへんだったという話をしてくれたんだったかな?

こわくはなかったというんだ。当時の彼女にとっては赤ちゃんが絶対で、その子がいなくなったら生きている価値なんかないから、自分のことを守ろうなんて思わなかった。そういう開き直りがあったから、あの異常事態を比較的楽に乗り切れたという話をしてくれた。

1303広末さん

生広末涼子に会うのは初めてだし、いつもの広末涼子さんを知らないけど、ちまたではなかなか扱いにくい女優だということになっている。でもこんな集会所でこんな話をしてくれるのだから、根っからつんけんした女のひとではないのだと思う。扱いにくいというのは、聞き方が悪くて怒っちゃったりしたんじゃないかと思うけど、ぼくは芸能記者をやったことがないから、どうだったんだろうな。

こたつでミカン食べてる姿は、そのへんのおねーさんだった。村の高校生が同席してなじんでしまっている。そんなこんなでしばらくしたら「あとから来られたんですよね」なんて、遅れてきたぼくらにクリスマスプレゼントなんて渡してくれちゃったりした。中身はともかく、ついおだてられて木に登りたい勢いだ。

ようやく、ファンとしてお声がけするチャンスがやってきたので「ぽっぽやのお化けのファンです」とお話した。あとから勘定したら、もう10年以上も前の映画で、最近のおくりびととかの話をせんかいというところだけど、それは見ていないのだからしょうがない。ぽっぽやの話をしたら高倉健さんとアカデミー賞の授賞式で久しぶりに会った、なんて話をしてくれた。

もしかするとこの人には、芸能界とふつうの社会の線引きがない、いたって裏表のない人なんじゃないかなと思った。

キャンドル・ジュンさんのほうは、あいかわらず口数少なく、でも最後に、1年前にも支援活動でここへきたことがあるけど、そのときは仕事だと思ってきた、今回は里帰りだと思ってきたなんて話をして、集会所のばさまたちを喜ばせていた。帰りには、このへんのおうちに遊びに行くとよくされるように、たくあんや漬け物をやまほど持たされていた。

子どもたちは親に預けて、ふつうにステップワゴンを走らせてやってきた広末夫妻。ほのぼのとした時間をありがとう。ぼくは自分の前に現れたおふたりを信じることにします。今度は郡山じゃなくて、村のほうにも来てほしいです。

(なんか、お忍びだというから、書かずにいました。ぼくが書いたって、たいした影響力はないだろうけど)