雪は降ったって春は春。シーズンは開幕してます。えいえいおー

災害ボランティアというもののかたち

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新潟へ行ってきました。行く前はぴーちくぱーちくと偽善者ぶったことをいろいろ書いたけど、帰ってきたらすっかりおとなしくなっている。ここがまた、偽善者たるところです。
新潟へ行ってなにをしてきたか、これからなにができるか、なにが足りないのかをレポートしてくるのが使命だと思ったのですが、そうすべきなのか、今となっては疑問のあるところでもあります。


災害は、その場所その場所で全部ちがう。神戸のボランティア体験をもとに新潟を語ることはできないし、日頃の災害支援訓練も、もちろん役には立つと思うけど、すべてではない。その地域ごとに求めるものがあり、不足しているものがある。同じ被災地でも、個人個人でみんなそれぞれに困っていることがあるはず。そんな、奥の深い有機的な問題を、知ったふうに書き綴ることはできないと思いました。
今日がボランティア仕事がひまだとしても、あしたは忙しいかもしれない。忙しくてもひまでも、やりたい仕事でもやりたくない仕事でも、助けてあげたいという気持ちの前にはみんな同じはず。「おれ、修行が足りないなぁ」と思うことしばしでした。
現場では、旧知の方にもはじめての方にも、いろんな方にお会いできて、有意義でした。ご紹介しようかと思ったけど、それもやめました。
みんな、誰かにほめられようとして現場に向かったのではないはず。そういうわけで、ぼくもほんとはここにはご報告をしないですませようと思ったんだけど、一方、まだまだオートバイといえば暴走族と素直に信じておられる方がいらっしゃるのも事実ですから、やったことはきっちり報告していく必要もあるのかもしれません。
地震の被害も台風の被害も、まだまだたいへんだと思います。困っている人に手を差し出す。その当然のしぐさを、ふつうにできる人になりたい。
なんだか、いろんなことを考えさせられて帰ってきました。現場にいた人は、みんな同じような感想をお持ちでしたけれど。