雪は降ったって春は春。シーズンは開幕してます。えいえいおー

若い人、きらい?

 締め切りで、あんまりそれどころじゃないのだけど、テレビもラジオも(といいつつ、外からの情報は最近Webのニュースに頼りきりだ。たまには喫茶店で新聞を広げる生活をしてみたい)堀江さんとニッポン放送の攻防ばっかりだ。
 この攻防戦、ぼくにはそれでいいのかということが多い。企業経営なんてとんとわかんないし、まして株なんてみそ汁に入れるとおいしいという知識しかない。だからまぁ、ぼくがわかってないんだろうけどね。


 まず、フジテレビ以外のテレビメディアの、なんとも興味本位のことよ。人事でいいのかなぁ、株を上場している会社にとっては、明日は我が身じゃないのかなぁ。
 で、興味本位のメディアに誘導された街をいく人は「ホリエさん、がんばって」と声をそろえる。そういう人ばっかり編集してるんだろうけど、堀江さんががんばるのは、経営者になったりしたあとで、今はあんまりがんばりようがないと思う。水面下の株のやりとりとかは、きっとたいへんなんだろうけど。
 ニッポン放送の従業員たちが「おれたちの愛する会社」と声をそろえるのも気持ちが悪い。今の世の中、そんなに愛社精神があるなんて珍しい。でも、会社は従業員のものじゃなくて、株主のものだと思う。ラジオを聴いてくれる人たちのもの、働いてくれている従業員のもの、というのは聞こえはいいけど、そんなこと考えている経営者なんているのかな。ちなみに自然山通信は、トライアルを愛するみんなのものです。こういうところで語ると、ぜんぜん説得力がありませんね。わはは。
 伝統だの、若造だの、おっさんたちはわけわかんないことを言う。残すべき文化は確かにあるけど、ニッポン放送の残すべき文化とはなんだろう。そういう議論を素通りしておいて、若造が経営者になったら(大株主になるってことは、経営者になるってことなのかな? このへんも、ぼくにはわからん)残すべき文化も残らないのかなぁ。
 ぼくは堀江さんは、あんまり好きじゃない。なんでだかはわかんないけど、ネクタイ締めてないからかもしれないし(おまえが言うなよ)、もう少しやせてればいいのにという体形かもしれないけど、能力があるのかないのかは、別問題だと思う。
 きらいだから、おれの会社の親分にはなってほしくない。そんなんだったら仕事しないぞとお歴々が語っているみたいだけど、だったら仕事しなけりゃいいのだ。何人かのわがままな著名人が消えたからといって、ニッポン放送が築いた文化はそうそう消えないと思うけど、自分がいなけりゃニッポン放送は消えうせると思っている人は多いのだね。これも、よくわからんところだ。
 どうしてみんな、若い人にやらせてみようって気にならないのかなぁ。歴代総理大臣は、若くはないけど、能力があったとは思えない人もいっぱいいる。
 ぼくは若いときに、いろんな人からチャンスをもらった。若いときには、いろんな性能が柔軟だから、多少自分に不向きな仕事でも、なんとかこなしてしまう。だんだんおっさんになると、自分に不向きな仕事は、にっちもさっちもいかない。どう考えても、若いやつのほうが性能は高いと思うけどね。
株の取引で会社の大株主が変わる、それによって経営者が変わるという、上場している株式会社には当然のことが、世の中のおっさんたちには大事件なのが、おかしい。
 そういえば、世の中では、オートバイが転倒しただけで事件になる。これとおんなじかな。オートバイは、転ぶからおもしろいんだよね。