10月13日、和歌山県湯浅町で2024年全日本選手権第6戦が開催され、そこで藤波貴久がホンダRTL ELECTRICをデビューさせる。それに先がけて10月11日金曜日、青山のホンダ本社で、開発責任者を加えたメディアスクラムがあるというので、参加させていただきました。
開発責任者(プロジェクトリーダー)は斉藤晶夫さん。ご存知、元IASライダーだ。ライダーの藤波貴久は、当然ご存知もと世界チャンピオンだけど、現在のメインのお仕事はレプソルHondaチームの監督を務めている。現役復帰ということではなく、チームのマシンのテストを行う延長線上で、テストライダーとしての参戦となるという。
開発責任者につく斉藤晶夫は入社13年目。トライアルマシンの開発責任者としては、最も全日本のトップクラスに位置する人材といっていい(ただし、TL125がデビューする頃、マシン開発に従事するスタッフはみなトライアルライダーで全日本に参加の実績もあるので、評価もむずかしいかも。たとえばTLR、TLMの開発を担当した河野静雄さんは1973年に全日本選手権5位に入っている)。この開発を担う以前は、モトGPの燃料系についての仕事に従事していたらしくて(あんまり正確には話してくれない)藤波に「燃料からモーターって、ぜんぜんちがうやん」とつっこまれていた。
記者会見かと思ったら、メディアスクラムというのは登壇側からの挨拶もなんにもなくて、いきなりこちら側から質問する段取りみたい。資料は渡されているし、こちら側だってよっぽどのポコペン(自然山通信スタッフのことか?)でなければ少々の予習はしてくるし、こういう型式の方が簡単かつ聞きたいことが聞けるかもしれない。
自然山からの質問の答えも他のメディアに載るかもしれないけど、ここでも他のメディアの質問の答えを紹介させてもらいながら、RTL ELECTREIC(以下、RTL-Eと略させてもらいます)と藤波の全日本参戦についてご紹介しましょう。
冒頭、久々の実戦参加について聞かれた藤波は、トレーニングはまったくやっていなかったので、たいへんだったと参加が決まってからの苦労を吐露。この話が出始めたのは(いつから開発したのだ? のような開発の秘密についてはいっさい教えてもらえない)5月ごろで、トライアルGPのもてぎ大会の時にはまだ話がなかった(本決まりではなかった)。その時の藤波は今より10kg体重が重たかったということで、それからトレーニングをして身体を絞ってここにいるということだった。ぼんやり話が出始めてから、本格的に参戦が決まるや、開発のペースが著しくスピードアップして、ライダー側の準備が間に合わない、やばいと感じたこともあったとのことだ。
ライダーとしては2年前くらいの状態には戻っていると思うも、年齢も重ねたし、筋肉痛がとれず、乗ればあちこちが痛い、という。急なトレーニングにからだが慣らされていない、ということもあるのかもしれない。
エンジン車に対しての電動車の印象を問われると、エンジン車にない出力の出方がまず大きいという。トルク負けせずにダイレクトにトルクが出る点は、エンジン車にはないフィーリングとのこと。瞬発力はすごいものがあり、それが武器となるも、ライダーが扱えなければ無用の長物と化す。開発陣に助けられて、ようやく乗れるところまでできあがってきた、という。
エンジン車は、どうしてもトラクションによってトルク負けが生じる。そこをグリップに変化させてマシンを走らさせるのが達人たちの技なのだが、モーターのパワーはダイレクトに吹き出てくる。しかもライダーはフジガスなので、開けすぎてしまう傾向がある。それで開発とテストでは、少し開けすぎた場合でもコンピュータ・マッピングによってコントロールしてもらえるように、セッティングしてきたということだった。
さて、すでに発表された写真にはチェンジペダルらしいものがあるのだが、トランスミッションを装備しているのか、何速ミッションなのかと斉藤LPLに聞いたところ、言えない、との答えだった。
答えてもらえないのでライダー藤波に「ミッションはどう使い分けるのか」と聞いたところ、エンジン車と同じようにやっている、とのことだった。RTL(COTA)は5速ミッションを装備するが、5速ミッションを装備している、ということではないだろう。1〜3速くらいをトライアル用途で使い分けるようになっているのではないか。
先行して開発を進め、市販もしているEMでは、ボタンもしくはレバー操作で作動する回生ブレーキ(モーターを発動機ではなく発電機として使うことで電気を発生させ、その際に生じる大きな抵抗をブレーキとして使う。トラックの排気ブレーキみたいな感覚だと思えばいいけど、電車では50年も前から実用化されている)が装備されているが、RTL-Eには操作系を介しての回生ブレーキは装備されていないとのこと。回生ブレーキは常に動作する状態で、もし回生ブレーキが不要(エンジンで言えばエンジンブレーキを利かせたくない場合)は、クラッチを切ればいいという考え方で、これはヤマハTY-Eも同様みたいだ。
バッテリーとモーターについても詳細は語られず。社内で作られたか、あるいは社内で開発されたものなのかどうかも言えないということだった。あんまりナイショが多いので、藤波に「バッテリーとモーター、ついてるんですよね?」 とつっこまれていた。藤波の話の回し方のうまさは健在なりだ。
クラッチについて。先行する電動マシンはみなダイヤフラムクラッチを装備しているが、RTL-Eはどうか。答えは「駆動系はチャンピオンマシンたるCOTA(RTL)のノウハウを活用している」ということで、ダイヤフラムについては肯定も否定もなかった。でもまぁ、RTLの技術を、ということなら、従来型のコイルスプリングのクラッチを装備するということになるだろう。
「ね、ぜんぜん教えてくれないんですよ」と藤波が合いの手を入れる。まぁしかたがない。
バッテリーが残りわずかになった際に、ライダーに通知はされるのか、という質問があった。電欠(ガス欠みたいなもの)をライダーに体感してもらうテストは行ったという。バッテリーが消耗してきた際は、パワーが落ちてくるなど、走りに影響を与えるかもしれない症状が出るから、これをライダーに知っておいてもらうのは重要なことだ。そしてこの際、ライダーにはバッテリーの残量が少なくなっていることを知らせるしかけがあると言うが、それがなにかは教えてもらえなかった。
「バッテリーが残り少なくなると、ぼくの胸がピコンピコンと光るんですよ」
と藤波がまとめてくれた。たぶん、光らない。ウルトラマンじゃないし。開発用件としては、1ラップを走りきれて、1ラップごとにバッテリー交換をする想定ではいるということで、試合中に藤波が電欠になるシーンは拝めそうにない。
モーターは、他マシンがアンダーガード直上、エンジンならクランクがある位置に置いているのに対し、RTL-Eは少し高い所にある。これは設計上狙ったもので、単に高いとか低いとかではなく、全体的にいいところに重心が来るように目指した結果であるという。電動車の特性上、重心位置はエンジン車に比して上がっている可能性はあるけど、それについても単純に高い低いの問題ではないということだった。
ホンダでは、すでにモトクロス、E-XplolerでCRF-Eがファクトリー活動しているが、このマシンとの技術的連携については、特にバッテリーについて、構造や補償のしかたについて学んでいるとのことだった。ただしCR-Eは無限の協力によって開発が進んでいることが明らかになっているが、RTL-Eについては無限との関係性はないという。もちろん、モーターが流用品であるということもない。
マシンについては教えてもらえないことばかりだが、フライホイールは装着されているとの返答があった。トライアルライディングをする上で、フライホイールは必要があるとの認識でついているとの答えだった。
ガソリン車と電動車のちがいについて、藤波からガソリン車は走って燃料が減れば重量が軽くなるが、電動車は変わらない、という指摘があった。1ラップ目が終わってガソリンを補給すると、重たくなったと感じるらしいのだけど、電動はそんなことはない。ずっと重たいのではないかとつっこんでみたら、ずっと軽いかもしれないと藤波につっこみ返されました。重量についてはもちろん非公表だけど、軽かったら自慢したくなりますね、というつっこみがメディア側からあり。そしたら藤波は、軽いということも公表できない事情があるかもしれないと、またつっこみ返された。このライダーは、答えられない、答えてはいけないことになると、ますます饒舌になるようだ。
藤波貴久というテストライダーによる全日本参戦。その先にはなにがあるのだろう。全日本を舞台に誰かをライダーに任じてワークス活動を再開するとか、トライアルGPのトライアル2クラス、あるいはGPクラスに参戦をするとか、さらにその先に市販が始まるとかなどなどの可能性について聞いたところ、まったくお返事ができない、白紙です、ということだった。まぁそうだろうと思ったけど、そういう未来がないのに開発を始めてテスト参戦するのもつまらないから、きっとそういう未来が待っているにちがいないと妄想しておきます。
先輩格であるヤマハのTY-Eについて聞かれた斉藤LPLは「時間をかけて作られていて好成績を挙げている強力なライバルという認識」との答え。ちなみにヤマハのマシンについてライバルメーカーとして技術を見るのはどうやっているかと聞かれると(排気音も聞こえないので、回転数とか回転の上がり具合とかつかみにくい)評価はあいまいにならざるを得ないが、外から見て、構造を観察したりするしかないが、ホンダにはむしろ世界チャンピオンのマシンがあるので、そこを目指して開発を進めている、という返答があった。
現状のRTL-Eについて、どれくらいの完成度、開発達成度かと聞かれた藤波は、まだまだ開発途上でこれから先もよくなっていくにちがいないのだが、ワークスのエンジン車に対して70〜80%の完成度にはなっているのではないかという。つまりこれは、勝てるということで、ポイント獲得とかシティトライアル出場権を得るとか表彰台とか、そういう目標ではなく、優勝しか狙っていない、ということだった。
斉藤LPLが、ずいぶんお堅い会社員対応でちょっとお気の毒になったので、ライダーとしての復帰はないのかと水を向けてみた。藤波にも出ろ出ろと言われていたが、復帰はない、年も年で、とはいえ、もっと年長ですごい人は(藤波を初め)いるのだけと、そういう人たちが異常なので、ふつうは静かに退くものだそうだ。ただしもちろん、ライダーとしては自分の作ったものでトライアル大会を走りたいのは当然と。しかし今は、自分で走るより、いいライダーに乗りたいといってもらえるマシンを作りたいという気持ちの方が勝っているということだった。
ライダーについて、藤波貴久の投入はビッグニュースだが、あるいは電動で育った若いライダーが乗ることで、エンジン経験者、エンジンによってライディングが作られたライダーではない乗り方が生み出され、開発も進むのではないかと投げかけてみたところ、そういう人選は考えたが、今回、新しい歴史のページを開くにあたって、藤波貴久というビッグネームが乗る意義は大きいと考えたというお返事があった。ライダーの人選も、斉藤LPLの決断だそうだ。
今回の出場について、これまでとは立場がちがうこともあるが、その責任、プレッシャーは過去以上のものを感じているという。藤波自身のリザルトだけではなく、開発チームみんなで優勝を狙っているという重さがある。そこに、ライダーとしての責任以上に重たいものを感じているという。そしてもちろん、現時点で優勝できるだけのマシンが開発されている。あとはライダーが結果を出すだけだ。そこに期待とプレッシャーはもちろん広がる。
ゼッケン27は、藤波が初めて全日本のIA(当時のトップクラス)を走ったときのゼッケンであり、奇しくも初めて世界選手権を走ったときのゼッケンでもある。今回は当時と同様に、新しいチャレンジをするという意味で、空きのあったNo.27をもらった、ということだ。
2003年、最終戦SUGOを走って以来、21年ぶりの全日本参戦。その後、世界選手権では毎年のようにもてぎを走っているが、全日本はすっかりご無沙汰。元世界チャンピオンの肩書きをもって全日本のスタートラインに並ぶのは、これが初めて、ということになる。
ちなみに、全日本を走った世界チャンピオンは、バーニー・シュライバー、ジル・ブルガ、マルク・コロメに続いて4人目。今回は、Xトライアル・アンドラ大会までトニー・ボウのマインダーを務めた、カルロス・バルネダ(スペイン)と共に走る。カルロスは藤波と15年にわたるライダーとマインダーの関係があり、そのうちメインマインダーとして務めた実績が10年ある。
さて、注目の全日本選手権和歌山・湯浅大会は、もうまもなくだ。