野崎史高が、TY-E2.2に乗って、MTB(自転車のマウンテンバイク)レースの牽引をやるということで、おもしろそうなので見に行ってきた。
このレース、ジャパン・マウンテンバイク・カップ2025といって海外選手も参加するビッグレース。会場は伊豆サイクルスポーツセンターで、ここでは東京オリンピックのMTBレースも行われている。今回も、そのときのコースを踏襲してレースが行われた。開催は3月20日〜22日。金曜日は下見や受付、土曜日に練習とキッズなどのレースが行われ、日曜日がマスターズやジュニア、そしてメインイベントたる男女のエリートのレースが組まれていた。

なぜ野崎史高とMTBなのか、なぜTY-Eなのか。
MTBレースでは、競技の先がけにオートバイを走らせるのが定例化している模様。自転車レースは静かに進行するから、観客やオフィシャルにとっても、トップがいつ来るかを把握するのはむずかしい。トップの前方15秒くらいをキープして目立つものが走っていれば、レース運営にとってとても安心感がある。
ということで、これまでこの任務を遂行していたのが、元ヤマハファクトリーモトクロスライダーの鈴木健二さんだった。去年は鈴木健二さんが別件で来れなくて、渡辺学さん(おいしい餃子を焼くので、栃木県にお越しの際はぜひ)が代役だった。その渡辺さんも今回別件で、野崎選手に代役の代役が回ってきたのがまずいきさつ。
野崎選手、最初に連絡をもらったとき、トップ選手の前をずっと走るのか? そんな体力があるのかと一晩悩んだらしいのだけど、朝になって自転車ではなくオートバイで走れと言われていたことに気がついて、この任務を受けることにした。自転車でトップより早く走れるんだったら、エントリーして優勝した方がいいですよね。

そして任務内容を聞いてまた悩んだ。一番長いレースは、1時間30分以上走り続ける。こんな長時間走り続けるのは、愛車のTY-Eではちょっと厳しい。手持ちのマシンにはセローとTY-S125Fがあるから、TY-Eをお披露目して何周かした後、あとはエンジンで走ろうと考えた。
コースの中には岩場の下りとかがあるんだが、乗るのが野崎選手だから、マシンはセローだって問題ない。トライアルをやってる人ならまぁ走れるレベルだと思うけど、この任務は走れるだけでは務まらない。常にトップ選手の前を走らなければいけない。もたもたして追いつかれてはいけないし、転んで起こしている間に抜かれちゃったりしても恥ずかしい。なかなかプレッシャーが大きい。
このお仕事、鈴木健二さんから野崎選手、個人から個人への依頼で始まった話だったが、TY-E2.2は誰でも載れるマシンではないから、野崎選手はヤマハにお伺いを立てた。TY-E“も”走らせたいんだけど、いいですか?
返答はただの了解ではなく、TY-Eをみんなに見てもらういいチャンスだから、TY-E“で”走りなさいと。いやいや、TY-Eでは電池がもたないんです、そしたらもう1台本社からもっていくから、マシンを乗り換えながら任務を遂行しましょうと。ということで、MTBのパドックの片隅に(パドックと言うよりお客さんのお昼休み休憩所とキッチンカーにはさまれて)ヤマハファクトリーのパドックができ上がったのだった。ヤマハパドックができただけではなく、ヤマハ発動機は大会スポンサーにもなった。大会としても大喜びだったんじゃないだろうか。

試走してみたところ、TY-Eが走り続けられるのは、2周だった。MTBのトップ選手が15分くらいで帰ってくる1周だから、かなり長い。MTBのペースに合わせて走るので、常に全開というわけではないが、下りはMTBもかなり速い。スピードには自信がある野崎選手がTY-Eに乗って、下りだけなら勝てないかもしれない、というレベルだ。オートバイより軽くて小さいから、テクニック次第でラインをより自由に選ぶことができる。そのへんがスピードの差になってくるのではないか、ということだ。

もちろん、登りでは圧倒的にオートバイが速い。だけど登りで全開にすれば電池の消耗が激しいし、MTBトップにつかず離れずが任務だから、登りでタイムを稼ぐわけにはいかない。TY-Eにはバッテリー残量が見えるインジケーターがついているから、突然電池がなくなって止まってしまう事態にはならないけど、マシンを交換できるのはコースアウトができる場所に限られる。3周できなければ2周ずつマシンを交換していく、ということになる。
マシンは2台。全日本ではライダーとアシスタントが1台ずつ乗っているから、その2台を使えばOKなのだが今回の1台は全日本の野崎号本番車、新車だった。マシンは2台だが、バッテリーはもう何組かあって、2周を終えて帰ってきたマシンに充電済みのバッテリーを組み込んで、もう2周してくるのを待つ、というスタイルだ。なかなかせわしない。

TY-E2.2が、ロングランとはいえ2周しかできないというのはちょっと意外だったけれど、そもそもトライアルマシンは長距離を延々と走り続けるのは想定にない。3分走って止まって、という走り方を繰り返せば(トライアルの現場に則した走り方をすれば)もっと長い時間走れるのかもしれないが、この現場ではそんなことはできない。箱入り娘たるファクトリーマシンのTY-Eにとっては、なかなか経験できない“外”の世界を走らされていることになる。
当初、全レースで引率をやると聞いていたのだけど、いろいろわかってくると(野崎選手もこちらもMTBは素人だし、主催も日本側とUCI側とがいるから、え、そうなのか、ということはままある。まぁそういうものだ。ちなみにUCIは自転車の世界協会で、最近のバイクトライアルはUCI管轄で開催されている。昔の世代の自転車ライダーでUCIの大会を走ったのは黒山健一だけ。黒山も野崎も、藤波貴久も小川友幸もバイクトライアルチャンピオンだが、UCIのチャンピオンになったのは黒山だけだ)、土曜日に開催されるキッズのレースや、日曜日の午前中のレースは最終走者(ビリだ)の後方を見守るように(あおるのではなく)走る任務で、先頭を走るのは日曜日の男女のメインレースふたつだった。
スタート。野崎選手はスタートラインの前方にいて、スタートと同時に走り始める。自転車とオートバイだから、圧倒的にオートバイの方が加速はいいけど、油断はできない。とはいえ速く走るのに一生懸命で後ろを見ないのもいかん。さらに、路面を荒らしてもいけない。アクセルオンで路面をしっかり噛んで加速するなんてご法度。主役は自転車様だから、オートバイは露払いでそーっと走ってあげる必要がある。土ぼこりも立ててはならぬ。
過去、鈴木さんだったか渡辺さんだったか、2ストロークマシンを持ってきたこともあったのだけど、前を2ストロークマシンに走られては選手が煙に巻かれてしまうということで、この仕事は4ストロークに限るということで続いていたのだが、電気が走るのは今回がもちろん初めて。トライアルマシンが走るのも、初めてだ。
トライアルマシンかエンデューロ・モトクロスマシンかはそれほど決定的な差はないと思われるも、がたいの大きいマシンだと、岩場の小回りの必要なところなどで追いつかれやすいという。トライアルマシンなら安心と野崎選手は言うけど、トライアルマシンにトライアル(それも日本のトップ)が乗ったらそりゃそうだろう。マシンのカテゴリーより、今回特筆すべきはやっぱり電動、ということだ。排気ガスが出ないから、後ろを走っててもなんの問題もない。そして音も(ほとんど)しない。

MTBレースを観ていて新鮮だったのは、チームクルーや観客が選手に声をかけやすいと言うことだ。トライアルはお客さんとライダーの距離が近いと言われるが、MTBは距離が多少遠くたって、叫べば聞こえる。ただし、その前方を4ストロークのレース用マシンが走っていたら、けっこううるさそうだ。その点、電動バイクがこの任についたのは、これ以上はない適任だったのではないか。

MTBとBTRは自転車的にわりと似ているし、ウイリーとかが上手な選手もいたけど、やっぱりMTBの世界はMTBのようで、野崎選手がフロントをつって岩を越えたり、ウイリーでピット前を通過したりすると、お客さんからは自転車に送られるのとはちがう歓声があがっていた。ついでだからデモンストレーションでも見せてあげたらと思ったけど、今日は自転車の日だから、オートバイはあくまで影武者であんまり目立たない方が(それでも先頭を走ってるんだから、充分目立つ)いいんだろうなと思ったりした。
先頭を走る15秒前をキープするというお仕事は、らくちんなようでそんなに簡単そうでもなかった。全開で走った1周のタイムでMTBに負けることはなくても、15秒を守っていたら場所によって追いつかれてしまうこともある。上り坂を気持ちよくあがっていったらぶっちぎり過ぎてしまうこともある。TY-Eがバックミラーをつけて走る姿は見たことがないけど、あるいはこの仕事が定例化するなら、後ろが見えるような仕掛けを作った方がいいかもしれない。

レースが終わると、もちろん選手には拍手が送られるけど、半日ずっと走り続けた野崎とTY-EにはMTB界隈の皆さんから、あたたかい感謝が贈られていた。ライダーのほうはエンデューロで何時間も走り続けているのを見たことがあるけど、TY-Eがこんなに長く走り続けているのは見たことはない。バックミラーつけた方がいいと思ったけど、これをやるなら、バッテリーやモーターのマッピングも適性のあったものがあるんだろうと思うけど、まずは野崎史高とTY-Eが(マシン交換をしながら)MTB先導の役目を立派に果たした、というご報告でした。
