もてぎ世界選手権開催の翌日の月曜日、わりとひっそり、そしてにぎやかに、トライアルスクールが開催されていた。
正しくは「レディーストライアルワークショップ」。主催はMFJ。講師はGPウイメンで2日間に4勝を果たしたベルタ・アベランと、そのアシスタントとしてすっかりなじみ深い存在となったアルバ・ビレガスの二人。MFJはこれまで、イリス・クラマー(元世界チャンピオンで当時はFIMのセクションコーディネーターとして来日していた)のスクールを開催したことがあったが、現役のレディース・ワールドライダーを講師に招いてスクールを開催するのは、これが初めてになる。

世界選手権明けの月曜日といえば、以前は交通教育センターもてぎ主催のアフターWCTスクールが開催されていた。コロナ禍で開催が見送られて、そのうちに主役講師だった藤波貴久がライダーを引退したりと社会背景(おおげさか?)の変遷があって、開催がむずかしくなっていたところ、MFJがこの企画を発案してきた。
ただ、イベント開催が決まったのが開催前2週間を切っていて、そんなに急じゃ行きたくても行けないよー、という悲鳴もちらほら聞こえてきた。いろいろ調整することがあってたいへんらしいことはわかるけど、日本の皆さんはお休みをとるのがたいへんだから、急に言われてほいほいと顔を出せるのは自然山通信くらいのものだ。ただし自然山通信の中の人は女性ではないので、参加の権利はない。
この突然のイベントのお誘いに、集まったレディースは9人さま。初級者クラスがアルバ先生で、選手権クラスがベルタ先生ということになっていて、先生たちの見立ても自己申告も意見が一致して、初級者クラス4名、選手権クラス5名とクラス分けが成立した。

先生たちは1991年生まれと1999年生まれのスペインはカタロニア州出身。8歳ちがいの姉妹みたいな二人。今となってはライダーとアシスタントとして名コンビだ。ベルタ・アベランはもはや説明の要もない。ライア・サンツ、サンドラ・ゴメスという巨頭の陰に隠れた若手という印象ももはや過去のものになって、今年はチャンピオンへの道をまっしぐらだ。アシスタントのアルバもまた、もともとはライダーだった。世界選手権での最上位はランキング10位だが、2022年のトライアル・デ・ナシオンではスペイン代表として参戦、優勝もしている(チームメイトはベルタとサンドラ・ゴメスだった)。そしてまた、スキーのインストラクターでもあるとのこと。なかなかすごい。
集合は交通教育センター。イスに座って最前列の先生におはようございますって挨拶すると、いかにもスクールって感じがする。以前、アフターWCTで藤波が教壇(らしきところ)に立って挨拶するかと思いきや「起立!」と号令をかけて笑いをとっていたけど、小学校にはほとんど行かずにトライアル三昧だったという伝説はあれど、学校時代の思い出が共有できてるのはすごいなと思った。スペインの先生たちには、もちろんこのネタは通じない。
室内でご挨拶の次は、オートバイに乗ってみんなで移動する。出かけた先は関東選手権エリアといわれたりするところで、世界選手権風に言えばウォーミングアップゾーンだ。地形的にはなだらかだけど、ラインを選ぶとさまざまなレベルの練習場になる。

走る前には、まずは準備体操。ベルタとアルバのスクールは、年ごろお姉さんのアルバ主導で進んでいるようで、さぁ体操をしましょうと始まった準備体操も、だんだんアルバのペースにはまってくる。並の柔軟体操ではなかった。早くも楽しい感じがしてくる。もしかして、ふだんのベルタの準備体操も、こんなふうにアルバの指示でやっているのかもしれない。

どんなふうな準備体操をしているのかはナイショ。スクールの中身についてもナイショ。企業秘密でもあるけど、こういうのはさわりだけはしょって紹介してもおもしろくない。おもしろいことはネット上で起きるんじゃなくて、現場で起きるもんだ。
もちろん、おもしろいのは準備体操だけじゃない。準備体操、ライディングの基本姿勢、クラッチの操作方法と、カリキュラムを並べればごくあたり前に見えるけど、けっこうあたり前じゃない。ふつうのことをふつうに紹介しつつ、その内容にひきつけられる教え方は、そうそうできるもんじゃない。この先生たち、ライダーとしてはもちろんただ者じゃないけど、人を教える人としてもけっこうただ者じゃない。

午前中はウォーミングアップエリア、お昼をいただいて午後は世界選手権の第4セクションと第5セクションに行ってみた。世界選手権のセクションを走れるは、このイベントの参加者だけの特典だから、やっぱりはずせない。もちろんセクションそのまんまなんて走れたもんじゃないです。でもちょっとその気になるだけでも、貴重な体験。
こんなシチュエーションでも、彼らの指導は基本的にオーソドックス。アクセルは適切に開けるべし、乗るべきところにしっかり乗るべし、やるべきことをきちんとやるべしと、おおざっぱにいうとこんなところだ。こんなふうに書くと、なんかふつうすぎておもしろくなさそうに思えてしまうかもだけど、雰囲気はまったく逆。これだけは中身を紹介しちゃおう。先生たちが教えてくれた「トライアルがうまくなるには」の最後の一条は、楽しくやること、だった。楽しくなければトライアルじゃない。そしてもちろん、このスクールは全面的に楽しい。


彼女達の母国語はスペイン語だけど(もしかするとカタロニア語も、かもしれない)二人とも通訳さん以外の誰よりも英語が堪能。でも日本語はわかんない。日本GP参戦経験はそれなり豊富だから、日本人がしゃべってるのをコピーするのはお上手で、ありがとう、がんばれ、いいね、なんてしゃべってるけど、日本語でのコミュニケーションはとれない。それなのに、いっしょにいると楽しいのは、楽しさは言葉で伝わるんじゃないってことなんだろう。
このスクールに期待することを聞いてみたら、ベルタに会いたい、が一番だった。今、世界の最高峰にいる女性ライダー、そのベルタの素顔が見たいという思いは、この日集まった9人(他にケガして参加できなかったひとりと保護者2名あり)だけじゃなくて、日本中の女性ライダー、いやいや、誰でもが持っているにちがいない。


その上で、このスクールでうまくなれればいいな、という気持ちがちょっと、ということだった。スクールの正しい受講姿勢ではないかと思われる。ファン心理で受講するスクールは必ずしも上手にならないんでは、なんてちょっと思ってみたけれど、楽しく乗っていればうまくなるというベルタとアルバの方程式からすると、この日いっしょにトライアルを楽しんだみんなは、きっとうまくなっている、にちがいない。
基本をしっかり、はアルバがインストラクターをやっている本職の先生であるのはもちろんだけど、この教えは、ベルタのライディングにもけっこう影響を与えてるんじゃないかと思った。ベルタは若いのに、しっかりリーンアウトしてターンしているのをよく見る。いまどきの、特にスペインの選手たちは、振ったりダニエルしたりして向きを変えることが多いけど、この人はちょっと違う育ちをしているかもしれない。

藤波がライダーだった頃のアフターWCTは何度か取材させてもらったことがあって、黒山健一が飛び入りで見物しに来たりして、いろいろ楽しいことはあった。今回も、もてぎから移動する前に、EMチームご一行が見物にきてくれた。若い参加者はブノア・ビンカスが大好き、昔若かった参加者はジェロニ・ファハルドがやってきたことに夢心地でありました。

先生が女性で、参加者も女性。男子禁制って感じで、付き添いを含めても女性じゃないのは(当方と通訳さんを含めて)3人しかいなかった。という性別の問題なのかそうでないのか、このスクールは、これまでの世界選手権明けの月曜日のイベントと比べても、抜群にいい雰囲気だった。
参加者も主催者も、そして先生たちもまたやりたい、ということだから、ぜひまたできるといいですね。先生たち、イベント終了後に夜のディズニーランドへ行きたいとあわてて移動にかかっていたけど、来年からはもう一日余裕をみてもらうといいなぁ。そうそう、来年はタイトルがチャンピオンスクールに昇格する予定だから、こりゃ、今から楽しみ。やるかどうか決まってから申し込むんじゃなくて、今から申し込んでおけば、やらざるをえなくなるんじゃないかしら? では、来年またお会いしましょう!
