ついに、黒山健一がTY-Eで優勝した。
黒山の全日本優勝は2022年の夏、シティトライアルジャパン大会以来、ざっと3年ぶりとなる。勝った黒山はもちろんだが、むしろ黒山より、黒山を囲む面々に喜びが大きかったように見えた。黒山自身、勝利の第一声を求められて、ちょっと困った笑顔を見せた。
「いつもパドックやスタート台でしゃべりすぎるくらいしゃべってるのに、今日はぜんぜん言葉が出てきません。うれしいんですけど、なんと言ったらいいか、なんにも出てこない……」
そのことばこそが、勝ちから遠ざかった、黒山の長い苦戦を表しているように思えた。笑顔で黒山の勝利をたたえる側には、最大のライバル、小川友幸もいた。
黒山は強い。かつては、また勝ったのかと半分冷めた目で勝利を見守られるようにさえなっていたが、この12年、タイトルを小川友幸に奪われ続け、電動TY-Eのハンドルをまかされた2023年からは、1度の勝利もないまま、2年間を過ごしていた。

ヤマハTY-Eは、2023年から全日本選手権に参戦した。TY-Eのデビューは2018年で、このマシンを走らせるのは、もっぱら黒山だった。その後、野崎史高も開発ライダーに加わることになるが、実戦を走らせるのはいつだって黒山だった。ヤマハの電動イコール黒山とのイメージができあがりつつあった。
ところがなかなか勝てない。2018年、世界選手権電気クラスのデビュー戦は勝利したが、タイトルは取れなかった。性能に磨きをかけた2019年も同様だった。そしてコロナ禍が開けて、世界選手権から電気クラスが発展的解消、エンジンと電気の区別なく戦いが繰り広げられることになり、満を持して打ち出したのが、黒山による全日本選手権への参戦だった。
2023年はトライ&エラーの1年で、チームも黒山も勝てるとは思っていなかった。それでも結果は、必ずしも悪くない。5位、4位、参戦4戦目には2位表彰台に上がり、いつ勝ってもおかしくなくなった。
2024年、それまで黒山一人だったTY-Eライダーが、一気に3人になった。テストを分担していた野崎史高に、氏川政哉も加わった。その3戦目、TY-Eはついに勝利。しかも1位から3位までを独占の大快挙だった。されども、勝ったのは氏川で、黒山ではなかった。
勝てそうで勝てない戦いが続いた。リードを取りながら、終盤戦で失点して逆転を許す、藤波貴久が参戦したときに2位となり、藤波がいなければ勝てていたのにとの思いが募ったりもする。ランキングでも、一度はトップに出ながらも、あと一押しが足らず、少しのミスでポジションを落としてチャンピオンを遠ざけてしまった。2025年になっても流れは変わらない。開幕戦ではパンチの打ちまちがいが訂正されて、ゴール後に逆転2位となった。規則では、次のセクションをトライしたあとには、採点の修正ができないとなっていたにもかかわらず。
「そういう巡り合わせなんですよ。勝てないようにできてるんです」
黒山は自分のみに起こった数々の不運を笑い飛ばすも、もちろんそれが本心ではなかろう。おおいに悔しいにちがいないのだ。
「今日は黒山選手の調子がよかった」
と小川友幸は振り返った。小川がからだのあちこちに爆弾をかかえながらトライアルを続けているのは、もはや誰もが知るところとなっている。それでも小川の成績が極端に落ちることなく上位を維持しているのは、さすがの実力というか、並外れたメンタリティのたまものという他はない。第3セクションのクリーンは、唯一無二だった(2ラップ目に柴田暁が3点で抜けた以外はみな5点)。試合を振り返って、このコンディションで2位は上出来、としつつ挙げたのが黒山の好調だった。

「あとひとつふたつのセクションがうまくいっていればあるいは、という可能性はあったけれど、だけど今日は黒山選手の調子がよかったから、今日はこれ以上ない最善の結果」
逆に言えば、これまで黒山が最後まで好調を維持したことが少なかった、ということかもしれない。
1ラップ目の黒山は18点、19点の小川に1点リードをとった。リードというより大接戦だ。3位の野崎史高22点くらいまでは優勝争いといってよかった。

大きく出遅れたのが氏川政哉だった。黒山、小川が5点3つで1ラップ目をまとめてきたのに対し(野崎は4つ)、氏川は5つもの5点がある。ぎりぎりのタイムオーバーをはじめ、もったいないものもあったが、1ラップ目は5位。ランキングトップを守りたい、さらにリードを広げたい氏川には痛かった。

2ラップ目、黒山はじわりじわりと好調をきわめていく。第3セクションを5点になった後は4連続クリーン、そして10セクションまで5点なしで走りきった。2ラップ目の総減点は10点ちょうど、ここまでのトータルは28点。
小川は1ラップ目のペースを維持して2ラップ目を終えて39点。黒山のリードは11点。SSを待つことなく、黒山の優勝だ。長く長く勝利から遠ざかっていた黒山は、その感想を聞かれて、なにも答えられなかった。
「ふだんしゃべりすぎだと言われるくらいにおしゃべりなのに、こんなときだというのになんにも出てきません。うー、ありがとうございました」
これだけ言うのがやっと。言うことがないのではない。言いたいこと、思ったことはきっといっぱいいっぱい、やまほどあったにちがいない。たくさんの思いがあふれて、黒山はありがとうしか言えなかった。

氏川は2ラップ目に追い上げてSSで野崎と同点の3位争いとなったが結果は変わらず、野崎3位、氏川4位。5位に、ベストにはほど遠いものの開幕2戦が空回りすぎた柴田が、ようやく5位までポジションを復活させた。
その柴田と1点差で5位争いとなった小川毅士は、柴田と同じように両SSで1点ずつ減点して、結局その差を変えられず。
前回表彰台に乗った久岡孝二が7位、2ラップ目に5点続きだった武田呼人が8位、武田とは大差ながら田中善弘が9位、ルーキーの宮澤陽斗が野本佳章、武井誠也との争いに2点差で打ち勝ってIASデビュー3戦目にしてSS初進出となった。
●国際A級
今回、OT50〜IBまでは1分に2台ずつ、そのまま続けてレディースが1分に1台ずつスタートし、レディースの後約30分のインターバルを置いてIAが1分に2台ずつスタートした。IAが2分で2台ずつスタートするのはちょっと例がないが、それが直接の原因かどうか、大渋滞となった。関東大会はいつも渋滞する。参加台数が多いという根本的理由はあるのだが、毎回いろいろ試行しながら、さっぱり結果に結びつかないのは残念というしかない。お気の毒なのは、時間に追われる選手たちだった。

IAのスタートとIBの2ラップ目が第1セクションでちょうどぶつかった。IAS陣営に聞けば、第1セクションではどっちみち30分くらい入らないことが多いから、いつもと同じ、という声もあったが、IAはいきなり1時間くらい待ちから大会をスタートしなければいけなかった。リザルトに見えるタイムオーバーはそれほど多くないが、少ない持ち時間を有効に使う努力や申告5点で先を急いだりしての結果がこのリザルトだ。
それでも、強い選手はきちんと上位に出てくる。2ラップ目にタイムオーバー4点を喫しながら勝利したのは今シーズン2勝目の高橋寛冴だった。2位の平田貴裕にわずか1点差だったが、2位から6位まで、IAS経験者がずらりと並んだ中、若手の堂々たる勝利は、高橋のみならず、日本のトライアルの未来を考える上でも素晴らしい結果になった。

ちなみに、優勝者の減点、最下位の減点とも、今回の全日本3クラスの中では、IAが最多。難度が高かった、ということだろうか。
●レディース
開幕戦と同様に9名の参加。優勝は中川瑠菜だったが、第2セクションで5点をとってしまったが、これが中川の唯一の5点だった。1ラップ目12点、2ラップ目12点は良いスコアだった。

2ラップ目、小玉絵里加がラップ13点と中川にわずか1点差で追い上げて2位。ランキングも単独の2位に浮上した。
今回のハイライトは寺澤心結。まだまだ身体が小さいのに、1ラップ目に3位に立つと、齋藤由美に1点差で逃げ切って初表彰台獲得となった。

今回はレディースクラスとしては高いポイントも多く難度は高かった。参加資格がNBであるのにIBと同じラインがあったりしたが(これは前回も前々回も同様だった)、こういう中で才能が磨かれていくのかもしれず、このあたりの設定はむずかしいところ。ただし実績として、セクションがむずかしければむずかしいほど、渋滞は起きる。
●国際B級
開幕戦勝利の岡直樹は欠場、第2戦勝利の木村倭はトライアルGP参戦で欠場で、IBは3戦目にして3人目の勝者が生まれた。中学生ライダーの寺澤迪志。5位、2位と確実にポジションを上げてきていたから、いよいよ真打ち登場、といったところかも。

2位の大内朋幸の減点が10点に対し、寺澤は1ラップ目1点、2ラップ目2点、合計わずか3点の圧勝だった。大内は全日本復帰戦でこの成績。昔とったキネヅカは健在だった。
3位西村健志の減点は10点だったが、そこから10点の間に15人がひしめき合うという大混戦。14位から17位までは29点で同点で、特に14位と15位は同点同クリーン、1点の数の差で順位が決まるという厳しい戦いになった。
●リザルト
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