雪は降ったって春は春。シーズンは開幕してます。えいえいおー

トライアル事始

フロントが高い位置にある感覚

前輪が高い


完成


ぐっ


離陸


きっかけ

 ここらあたりで、前輪をあげるときの心得、クラッチはこう使えとか、体重移動はこうしろという段取りをご説明さしあげるべきなのですが、その前に、前輪をあげるについての考察を少し。
「前輪をあげられますか?」と聞くと「あげられるんだけど……」と答える方が多数いらっしゃいます。「だけど……」がくせもの。多少の例外はありますが、こういう方のほとんどは「あがってしまっている」ことが多い。自由自在にあげられないから「だけど……」と注釈付きになるんじゃないでしょうか。
 自由自在に前輪をあげるなんてのは、世界チャンピオンでも百発百中にはいかないけど、我々素人は、少なくとも「たまたまあがる」のではなく「正確にあげる」努力をしたいもんであります。
 ミック・アンドリュースは「ウィリー走行は曲芸だが、その技術はものを越える際に使われる」と言ってます(近日発売自然山DVD「トライアルチャンピオン、ミック・アンドリュース」より)。これ、ウィリー走行は曲芸なので、できなくてもいいと解釈してはいけません。
 この連載のはじめに、なにごとも姿勢が大事とご説明しました。これ、ウィリーもいっしょです。ウィリーの基本姿勢は、横から見たときにバイクと人間がVの字を書くことです。絵のように、誰かに助けてもらって、前輪をあげた状態でのバランスを経験してみてください。
 最初は、この姿勢をとること自体がおっかないかもしれません。でも慣れてください。この姿勢をこわがっていて、正しく前輪をあげるのはむずかしいからです。
 少しこの姿勢に慣れてくると、人間が「わー、後ろにひっくり返るー」と思っても、実はぜんぜんひっくり返らないってことに気がついてもらえると思います。もっともっと、後ろにひっくり返っていいんです。
「そんなこたぁない、わたしはハンドルにしがみついていてまくれました」という人、いますね。このケースは、エンジンのパワーをフルに使って前輪をあげています。エンジンは強力ですから、油断するとまくれるし、コントロールもむずかしい。エンジンの力に頼らないで前輪があげられると、エンジンをじょうずに使えるようにもなる。まずは人力でできることを最大限やってみましょう。エンジン頼りでも前輪は浮きますが、滑りやすいところだと玉砕です。
 この姿勢に慣れてくると、あがった前輪の高さのコントロールは、人間のちょっとした体重移動でできるってことに気がつくんじゃないでしょうか。押さえててくれる人にはご苦労だけど、これを感じられるところまで、やってみてください。
 こうやってできた美しいウィリーのフォーム。この姿勢をイメージして前輪をあげれば、必要以上にエンジンパワーに頼ることなくあげられるようになります。
 腕が曲がった状態はとりあえずよくないです。ハンドルを腕力で引き上げようとしてこうなる場合が多いんですが、自分はオートバイの上に乗っています。そのオートバイを腕力で引き上げるってことは、いわば自分を自分で持ち上げるようなもんです。
 下の写真は、こんなテーマを念頭に置きつつ、9月号のお題を訓練する少女A。教材はぱわあくらふと製の「トラッパー」です。トライアルができる人に言わせるとエンジンがない、ブレーキがない、サスがないと違和感を並べるが、できない人が訓練をするにはなかなかお勧めです。
 腕力で引き上げるのではなく、後輪(トラッパーには車輪はありませんが)を軸に回転運動をさせるように、体重をうまく預けていけばよろしいです。
 トラッパーくらい軽ければ、腕力などまったくなくても、最低限の体重と握力を使って、後ろにまくれかえれるはずです。
■なぜ前輪が浮くのか
 今回はトライアル力学のお勉強です。どうにも前輪が浮かない人は、ちょっと考えてみてください。
 まず、オートバイの模型を考えてみてください。前輪が浮くとき、後輪は地面についたままです。前輪が浮くのは、前輪が垂直方向に上昇していくんではありません。後輪のアクスル(車軸)を中心に回転運動するということです。感覚的にこのへんを誤解していると、あらぬ方向に力を入れたりして、うまくいきません。
 実験するのは自転車でいいです。後輪アクスルを中心に回転する感触を感じてみましょう。両足をペダルからおろして自転車を支え、後輪ブレーキをかけて、ハンドルを握ったまま人間ごと後ろに倒れかかっていきます。ハンドルを腕の力で持ちあげたり引いたりはしません。すると、自転車の前輪は意外と軽々と浮いてきます。持ち上げるのではない。移動するのです。この要領は、そのままオートバイでも通用します。
 もちろんオートバイは重たいので、自転車のように軽々とは持ち上がりません。でも、同じなのです。だからこそ、自転車で世界を席巻した藤波貴久や黒山健一は、オートバイに乗り換えてもあっという間にトライアルをものにするのです。もしあなたが、自転車ならできるけどオートバイだとうまくいかないとしたら、それは軽い自転車を、力技で持ちあげているからじゃないでしょうか。力のない子どもたちは、彼らなりに知恵を振り絞ってストレスなくフロントを持ち上げようとします。大人のあなたも、持てる力をちょっと隠しておいて、考えなおしてみてください。
 オートバイは重たいから、サスペンションの反動を利用すると教えてもらうことがあります。サスペンションをうまく利用するかどうかで、トライアルの結果はうんとちがってきます。でも、これがまた、誤解を生むポイントです。
 サスペンションとは、バネです。バネですが、いくら縮めても、オートバイが飛び上がるほどの反発力は発揮しません。じょうずなライダーが乗ると、そんなふうに見えるところが、これまた誤解のもとです。
 バネの力を使おうとすると、縮めたサスペンションが伸びてくるのに合わせて、忙しくからだを移動しようとします。これがまた、タイミングをとれなくしている大きな要因になります。からだの一部が前方向に向かって入るのに、からだの一部は伸びるサスペンションといっしょに後ろに向かっていたりする。ライダーのからだ自体の動きに、統一感がなくなってよろしくないです。
 ためしにフロントサスペンションを縮めてみてください。縮めた後、そんなに素早く伸びてくるわけじゃありません。ダンパーも着いてますから、しばらくは縮んだままです。もっとゆっくり、自分のタイミングでとりかかっていいのです。
 バネの力を使っていなくても、フロントフォークが伸びるのは重要な要素です。フロントフォークのインナーチューブ(倒立フォークだったらアウターだけど)から後ろの部分は、フロントフォークが伸びるとともに、斜め後方に移動を開始します。これ、後輪アクスルを中心にした動きと、ぴったり一致します。この動きこそが、フロントが浮く秘密です。
 むずかしくいうと、ライダーを含めた重心位置が移動してるってわけですね。重心位置を簡単に移動させるために、ライダーはエンジンの力をちょいと使ったり、フロントフォークをちょいと縮めたり伸びてくるのを利用したり、いろんなことをするわけです。
 逆は真じゃない。エンジンパワーだけでもフロントは浮いてくるけど、それでフロントアップを覚えちゃうと、あっぶねートライアルになっちゃいますからね。わっかるかなぁ。
■人車一体のフロントリフト
 今回は機械の使い方を考えてみます。
 からだをまったく使わなくても、アクセルを大きく開けてクラッチをポンとつなぐと、前輪を浮かすことは可能です。この方法なら、50ccやロードスポーツバイクでも、前輪をあげられますから、免許とりたての頃に遊んだ覚えのある人もいると思います。ついでに、前輪があがったままひっくり返った経験をお持ちの方も少なくないのではないでしょうか。今回は、後ろにひっくり返ることのないように、アクセルとクラッチのコントロールのお話です。
 フロントアップを練習していて(あるいはまねごとをしていて)後ろにひっくり返ってしまうのは、アクセルが開いているからです。エンジンの力は強大ですから、ちょっと開けすぎたら、ひっくり返ります。まして、そのときにからだが充分なアクションができないとしたら、人車ともに痛いことになります。お気の毒。
 ほとんどの人は、そういう痛い思いをして、リヤフェンダーの2枚や3枚ダメにしながらフロントアップを覚えていくのですが、痛い思いをするのが目に見えていて、尻込みをする人もたくさんいます。
 ここでは、あえて反対のことをやってみます。フロントをあげるのに、極力アクセルを使わないで、ボディアクションでいきましょう。といっても、まったくエンジンパワーを使わずフロントを大きくあげるのは不可能に近いので、最低限だけ、エンジンを使います。
 フロントがあがった、初心者にはちょっとあり得ないかっこうで、必要最小限だけアクセルを開けるというのは、そんなに簡単ではありません。だから、みんな後ろにひっくり返るんです、きっと。
 ボディアクションはボディアクションとしてお勉強し、アクセルとクラッチの使い方を、個別にしっかり学習することにしましょう。
 フロントをあげる場面ではなくても、アクセルワークはトライアルの肝。トライアルだけじゃない、オートバイを走らせる肝が、アクセルワークです。アクセルグリップを回せるというのと、アクセルワークができるのは、アクションは同じでも、ぜんぜん結果がちがいます。
 クラッチもしかり。クラッチつきバイクに乗っているからクラッチ操作ができると思うのは甘い。クラッチつきバイクを無事にスタートさせるのはクラッチ操作のいろはのいであって、フロントをあげようと思ったら、もうちょいと繊細で大胆、つまりトライアル的なクラッチ操作が必要になります。
 フロントをあげるためのアクセルとクラッチの練習には、最初に書いた“エンジンの力だけでフロントを上げてみる”のがいいと思います。そのかわり、ボディアクションはしません。半端にボディアクションをすると、それこそひっくり返ってしまいますから。ボディアクションを断固やんないために、形ばかりのシートにどっかり座って、フロントをぽんぽんと上げてみましょう。ちょっとした上り坂でやるとフロントも浮きやすいのですが、後ろにひっくり返りそうな恐怖心も出てくるかもしれません。グリップのいい、がらーんとした駐車場みたいなところが簡単かな。フロントが上がればいいってもんじゃないですぞ。これくらいアクセルを開けると、これくらいの勢いで上がってくる、クラッチをつなぐタイミングがこんなだと、フロントが上がる感じはこんなふうになる……。そんなこんなのデータを、ここでしっかり集めといてください。
 ふつうにオートバイに乗るとき、クラッチ操作は走り出すときと止まるときがメインで、限界ぎりぎりのコーナリングのときとかにクラッチ操作をすることはほとんどありません。でもトライアルでは、けっこうぎりぎりの場面でクラッチ操作します。並のクラッチ操作ができるくらいでは、トライアルじゃ通用しません。
 ちょっと脅かしましたが、なに、初心者がアクセルやクラッチ操作がへたなのは、素質がないんじゃなくて、そういう練習をするチャンスがなく、ちゃんと練習してなかったからです。今からでも、それ相応の練習をしたら、藤波貴久にはなれないかもしれないけど、少なくともきのうのあなたより、あしたのあなたの方が、きっとじょうずになっているはずです。
 こういう練習は、単独でやったほうがいいです。今、アクセルとクラッチのトレーニングはフロントをあげるためのものですけど、フロントアップの練習をしながらアクセルやクラッチの練習をするより、アクセルとクラッチの練習に専念した方が、結果的に、美しいフロントアップをする近道となるでしょう。
 千里の道も一歩から。あなたの千里先に、藤波貴久が待ってます。

関連記事