いよいよ日本上陸のシェルコ4ストローク。といっても、ヨーロッパではすでに5月にデリバリーを開始していた。日本では、それよりちょっと遅れて到着してきたわけだ。
これは、モンテッサ(ホンダ)4RT(RTL250F)ともちがう、スコルパ125Fともちがう、もちろん旧来のRTLやTLRとはまったく別物の4ストロークマシンだった。
実はこのマシン、日本には5月の世界選手権日本大会の時にはじめて日本上陸を果たし、その後試乗ができる状態になっていたのだが、こういうまったく新しいマシンは、輸入元のカシックにもセッティングデータがなく、なかなか調教ができずに今にいたっている。何度かセッティングを変えて試乗させてもらって、まだ本調子ではないのかもしれないが、このマシンの性格というか方向性のようなものが見えてきた気がするので、遅ればせながら紹介します。
マシンの正式名称は3.2 (ThreeTwenty)とされているようだ。4tはスペイン語の4ストロークの略であって、特にこのマシンの名前を示すわけではない模様。
その車名が示すとおり、排気量は320ccに近く317cc。320ccバージョン以外の排気量の登場はないのか気になるところだが、今のところ、その計画はまったくないとのこと。日本的に考えると、このマシンは登録して車検をとって公道を走ることができない(可能性はゼロではないが、とてもむずかしい)、いわゆるコンペ専用マシンということになる。シェルコ2.9やガスガス280や300と同じ扱いというわけだ。
エンジンは、RTL(Cota4RT)に比べるとシリンダーが大きめに感じるが、逆にクランクケースはごく小さい。エンジンのシステムはSOHC4バルブということだ。クラッチ側のクランクケースカバーなど、2ストロークマシンのそれと共用できるのではないかと思える形状で(事実共通らしいのだが、未確認)、クランクケース自体はとても小さくできている。クラッチ、トランスミッションは2ストロークのシェルコのものをそのまま使っているのだそうだ。
カタログスペックの73kgは、2ストロークモデルと比べてざっと2kg増し。この重量増なら、よくまとめたといえるだろう。マシン全体をまるっきりリニューアルしたRTL(Cota)に対して、シェルコは可能な限り従来モデルを踏襲して設計されている。クランクケースの基本設計が共通だから、もしかしたらフレームも基本的には共通かもしれない。実際には大きくなったラジエターをおさめるため、ダウンチューブの横幅が広くなったりしているが、ディメンジョンは2ストロークマシンと極似しているという。2.9などと3.2の写真を重ね合わせてみると、ほぼぴったり重なってしまうのだ。
驚くべきは排気系。RTL(Cota)があれだけの大きさのサイレンサーを使い、それでも騒音過多に悩んでいるというのに、シェルコ3.2は、これまた2ストロークと極似した排気系を使っている。排気音は小さい。
さらにびっくりするのは、キックの軽さだ。デコンプがたいへんスムーズに機能しているようで(諸元にはデコンプ装備についての記述はないが、デコンプなしでこの軽さはあり得ない)キックギヤの減速比の関係もあってか、125ccとはいわないまでも、200ccエンジンを始動するような軽さである。始動時にはスロットルを開けないなどの作法はあるけど、このキックなら、2ストローク250ccを敬遠していた人にも受け入れられるかもしれない(といいつつ、非常に軽快に始動するときもあれば、てこずって汗かくことあり。4ストロークの始動は、4RTも含めて、少しばかりの慣熟を必要とするようだ)。
アイドリング時の上品な排気音は、走り出してもそのまま。急に排気音が大きくなることはない。このお上品感は、エンジンフィーリングにもそのまま生きている。昨年10月のデ・ナシオンの際、杉谷がプロトタイプに内緒で試乗した印象とは、別物に調教されていた。プロトタイプは恐ろしくパワフルで凶暴な印象だったらしいが、この生産車は、スムーズで、とても扱いやすい印象がある。
「世界選手権のような用途にはともかく、自分たちの乗るべきマシンを望んでいた多くの人に届けたい」とシェルコはこのマシンの販売戦略を語る。世界選手権では、サム・コナーがこのマシンを駆って参戦する計画もあったようだが(もう今シーズンの残りもわずかだから、参戦は実現しないようだ)、といって、このマシンの使用目的は世界選手権がメインではないのだ。
フレームワークは従来シェルコと同一、車重も、それほど大きくは変わっていない。それでも、心臓が一変したニューマシンは、従来モデルとは異なる性格を身につけた。それが、圧倒的な落ち着きだ。飛んだり跳ねたりするライディングには、正直なところ向いていない。しかし大きな排気量のエンジンが持つ慣性力は、久しく忘れていた4ストロークエンジンの味わいを感じることができる(トルクがあって扱いやすい特性とグリップのよさがその味わい。4RTは、あまりに革新すぎて4ストロークならではの特性に気がつきにくい)。
しかしいざセクショントライをすると、最初の上品な印象とは裏腹、やはり320ccのパワーはトルクの立ち上がりが大きくて、思うようなグリップをつかむのには慣れが必要だ。とっつきのパワーフィーリングは上品に味つけされたが、パワーそのものがなくなったわけではなく、さすがに320ccのパワーを発揮する。反面、エンジンの燃焼1回1回の脈動感がたくましいこと、極低回転から中速域へのつながり方に感じられるラフな印象が、グリップ感をつかみとるのに苦労する要因かと思われる。ノーマルはデロルトキャブレターが装着されているが、ガスガスのオプションにも指定されているケイヒンを装着したところ、ピックアップは向上したが、デロルトのほうが扱いやすい特性を持っていた。今後の調教次第で、このエンジンの性格評価も、若干揺れるのではないだろうか。
さて、320ccの大きな排気量と新しい4ストロークエンジン。4RTがパワーフィーリングで走破していくとしたら、3.2はまさに大きなパワーで突き進んでいく印象になる。大トルクと大きな慣性モーメントを有効利用するトライアル、世界選手権ではともかく、SSDTや庶民のトライアルでは、これも楽しいトライアルにちがいない。この新しいエンジンは、かつてのトライアルの醍醐味を、新鮮なかたちで提供してくれる一方、次世代の4ストロークトライアルへの提言も含まれているような気がする。
スマートなこのエンジンは、トライアルパークを出て、オープンフィールドを楽しむのに向いているように思える。おそらくヨーロッパでは、そういった使い方をする人たちが、喜々として走らせることになるのだろう。残念ながら日本ではその排気量ゆえ、トライアルパーク限定で走らせることになるが、その使用環境で、このマシン本来の性能をどこまで発揮できるのか。4t250cc、出てこないかなぁ。
排気量:317cc
ボア×ストローク:82×60mm
シリンダー:無鉛ガソリン使用・ニカジルメッキシリンダー
冷却:水冷
始動:キック
キャブレター:デロルトVHST28mm
エキゾースト:アルミ製エキゾーストチャンバーつき鉄パイプ
トランスミッション:5速。一次減速はギヤ、二次減速はチェーン
クラッチ:油圧・湿式多板
点火:フライホイールマグネトー
アンダーガード:Stamped Ergal
シャーシー:デルタボックスタイプ・クロームモリブデン鋼クロームメッキ仕上げ
ブレーキ:AJP油圧・フロント185mm/リヤ145mm
フロントサスペンション:パイオリ38φトラベル170mm
リヤサスペンション:プログレッシブリンク・ボーゲアブソーバー・トラベル175mm
リヤホイール:モラッドアルミリム、鉄製スポーク、ミシュランチューブレスタイヤ
重量:73kg
ホイールベース:1,332mm
最低地上高:305mm
シート高:635mm